「…ミシェル?」
ここしばらく会えていない、愛しい妻の声が聞こえた気がして庭のバラ園を弄る手を止めて振り返った。
しかしそこには緑の繁った蔦に覆われたアーチと、その向こうに抜けるような青く澄んだ空。
「…気のせいか…」
全く、自分から行きなさいと言っておいてさみしいなんて情けないなと苦笑した時、袖を引っ張られた。
「お父様?」
「どうしたの?」
「ああ…いや、なんでもないよ」
彼女と同じ星空で塗ったような息子の髪と、彼女によく似た顔立ちの娘のバラ色の頬を撫でる。
「お母様がいないから寂しいのですか?」
「お父様、お母様のこと大好きだものね」
「!おやおや…参ったな」
くすくすと笑ってくる子供たちに頭を掻く。
「大丈夫ですよお父様!お母様はもうすぐ帰ってきます!」
「そうよお父様!」
「ああ、そうだね…」
かわいい子供たちの言葉に笑いながら、もう一度空を見た。
昼間の星は私には見えないが、そこには息子や彼女の髪色と同じような色をした銀河があるんだろう。
だから空を見れば、いつも彼女に会えるような気持ちになれる。
けれど、やはり本物の彼女にはかなわない。
「(早く帰っておいで、ミシェル)」
***
「ミシェル、動揺する気持ちはわかるがすぐにこの体の良さがわかる」
この石仮面を被った者は永遠に若く、美しく、生きられる。
早く死ななくていいのだ、と彼は笑った。
「これは貴女への感謝と敬意なんだ、ミシェル。貴女だってまだ生きたいはずだ」
「っ…私たちの一族は、皆早い死を覚悟して生きてきたのです…短い己の命の中で各々が学んだことを、知識を次へつないできた一族…それが私たちですのよ」
銀河の中、壊れた星がバラバラに散り、いつか新たな星となるように、次世代から次世代へと繋いでいく家系。
それがこの銀河を映した髪の中、受け継がれていく誇るべき宿命。
「だから坊っちゃま、理に反した永遠の命など…私には悪い呪いでしかないのですわ…!」
私の血脈の物語の続きはもう我が子に預けてあります、としわの一つも残っていない自分の手で顔を覆う。
溢れる涙が止まらない。
すると、がしりと両肩を掴まれた。
驚いて顔をあげれば、ディオ坊っちゃまの冷たいお顔。
そしてどこか傷ついた瞳。
「…貴女も…このディオを残していく気なのか…?」
「!っディオ坊っちゃま…」
肩を掴む坊っちゃまの長く鋭くなった爪が食い込んできて、痛みで顔を歪めると、坊っちゃまはハッとした顔で手を離した。
するとすぐに肩から痛みが引いていくのがわかる。
ちらりと肩を見れば爪で裂けた肩口の布と滲んだらしい血痕がある以外、傷はどこにもなかった。
これが石仮面がもたらした不老不死の体…
深い絶望がまた襲う。
あの石仮面に、こんな恐ろしい力があったなんて…
「…ミシェル。どうせ人間にはもう戻れないんだ…このディオと永遠を共に楽しもうじゃないか」
「……ディオ坊っちゃま…いいえ、ディオ…私は貴方に大切なことを教え損ねてしまいましたのね…」
「…なにを言ってもかまわないさ。時期に諦めもつく」
しばらく休んで落ち着くといいと言い放ち、彼は部屋を出ていった。
扉が閉まると同時に締め切られた部屋のベッドの中、涙を再び流す。
「…うぅ…(ローラさんやジョジョ坊っちゃまたちは、きっと隠していたのね…私が真実を知れば悲しむのを知っていて…)」
to be continue…