不覚だった。
吸血鬼にああもやすやすと護らなければならない方を奪われてしまうとは。
「…波紋戦士の名が泣きますね…」
十字と月桂樹の冠を掘った鋭い木の鏃をしばし見つめ、矢筒に戻す。
早く助けださなければ、あの心優しい貴婦人を。
「(旦那様に言わなければ…のんびりしてはいられませんね)」
見える廃墟に背を向け、きた道を走る。
***
かびたような匂い。湿り気を帯びた空気。
ぱちり、と目を開ければ、見慣れないベッドの赤い天蓋が映った。
ワンチェンさんは…いないようです。
「(一体ここは…)」
体をゆっくりと起こせば、そっと目の前に手が。
「ミシェル先生、目が覚めたか」
「!!……ディオ…坊っちゃま…?」
「ほかに誰に見えるんだ?」
「…本当に、生きておいでで…!?」
変わらないディオ坊っちゃまのお声に嬉しさに震えていた言葉は、彼の顔を見た瞬間行き場をなくした。
暗い部屋の中で赤く光る、私を見つめる両の目。
血を固めたような赤に、ひゅっと呼吸がひきつる。
私の知る、坊っちゃまの瞳の色ではない。
同時に、ワンチェンさんの放った言葉とローラさんの苦しげな台詞が蘇る。
嫌な予感が、胸をついた。
「ぼっ…ちゃま…その、赤い目は…」
「ああ、先生…驚いたか?これが人間を超越し、支配する存在、吸血鬼になった証だ」
「!坊っちゃま…ああ…貴方は、なんてことを…!!」
差し出していた手で私の手を優しく握るディオ坊っちゃまの笑みに、唇がわななく。
恐怖ではない、怒りでもない。
ただ、どうしてという疑問と、もうなにも戻らないという確信から。
思わず握られた手を強く握り返し、もう片方の手も重ねれば、ディオ坊っちゃまは驚いた顔していた。
「なぜ…そんな悲痛な顔をするんだ?ミシェル先生」
「なぜって…!貴方様は、もはや人でなくなってしまったのですよ…!?」
「それがなんだというんだ?それにこれは、貴女の短い命を救い、貴女に若さを取り戻す方法にもなった…やはり、若い先生は前にもまして綺麗だな」
私が握っていない手で頬を撫でた坊っちゃまに、ぞくりと寒気。
同時に、言われた言葉に心臓が強く鳴る。
短い命を救う?若さを取り戻す方法?
まさか…まさか、
「眼鏡がなくても目もよく見えるだろう?瞳の色も俺と同じ赤だぞ。もう、貴女の命が散ることもない…。王には賢者や知識人が必要だ…支配者となる俺を永遠にそばで導いてくれ、先生…いや、ミシェル」
うっとりした瞳で告げられた言葉に、今度こそ私は若さを取り戻した声で、つんざくような高い悲鳴をあげた。
to be continue…