Humpty Dumptyの唄
ハンプティ・ダンプティ 塀の上に座ってた
ハンプティ・ダンプティ 落っこちた
王さまのお馬と 王さまのけらい
みんなよっても
ハンプティ・ダンプティ もとにもどせなかった…
『なんだよそのおかしな歌』
『マザーグースの…ハンプティ・ダンプティの詩よ…』
『どんな意味があるんだ?』
『…そのまま…一度損じたら、元には戻らない…そういう教訓の歌…暗殺稼業と通じるものがあるなって思ったの…』
いつだか二人で鏡の中で話した、あの時はどうでもよかった話が今更思い出されるのはなんでなのか。
ペンキの剥がれかけた白壁を濡らす、赤い血の文字のせいなのか。
その下で蜂の巣にされ、首から上が汚く切断されている、数時間前にコールした、彼女の磔遺体のせいなのか。
ろくな仕事をしていないから、いつか互いに死に別れる日はきたかもしれない。
だが、今すぐにだなんてのは、信じたくはなかった。
「…ストーリア、……」
壁からはずしてやった冷たい身体をぐっと抱きしめる。
いつもなら腕にかかる緑の長い髪も、もうここにはない。
「…"愚かなアリーチェの首を刎ねよ"…か」
ついてきたリゾットが憎々しげに吐き出した走り書きの壁の血文字は皮肉げで、完全にストーリアを貶めていた。
自然と、嗚咽が漏れてくる。
「ッ、う……ストーリア…どうして…どうして一人で外なんかに出ちまったんだ…ッ」
「…イルーゾォ…」
「鏡の中に…俺のところに…まっすぐ帰ってくれば…ッ」
「やめろ、イルーゾォ……それ以上は、ストーリアの覚悟を汚すことになる」
「だけどよリゾット…!!」
「……仇をとる機会はいずれくるだろう…」
今は耐えろ。
リゾットのセリフに唇を噛んだ。
「朝日が昇る前にストーリアの死体処理をしなければ…頭は意図的に持っていかれたみたいだが…」
「……ストーリアの身体は俺が処理する」
「…できるか?」
「するさ…ストーリアの全ては、俺のものだからな…」
最期まで、俺がいてやらねえと寂しがる。
重たい肉の塊になったストーリアを抱え、リゾットに短く別れを告げて手鏡の中に入る。
俺たちだけが入ることを許可した世界は、ただ静かだ。
ストーリアの祖国の物語のような、キチガイだらけの鏡の世界はここにはない。
ハートの女王を気取ってストーリアを殺したやつを、望み通りこっちの世界に引きずり込んで殺してやりたい。
今すぐに、この殺意は叶えられないのが口惜しい。
「…ストーリア、俺たちはこんな墓も作れねえけどよ…次に会うときはな…きっといい話をしてやる」
だからあとは任せて、鏡の中のこの教会で、静かに眠り続けていたらいい。
現実を拒否したお前の身体を、現実の中に捨てるような真似はしねえ。
「…おやすみ、俺の…俺だけのアリーチェ」
彼の少女の夢でも妄想でもない。
俺が護る鏡の国で、現実を忘れて眠っていてくれ。
いつか俺が、そこにいくまで。
***
…それがストーリアと過ごした、最後の時間の記憶。
ようやくあの日の殺意が報われる時がきた。
「…ようやくお前や、ソルベやジェラートのしたことが無駄じゃなくなりそうだ…」
2年もの間、この時を待ち続けた。
きっとこれが、ボスやあの女王気取りに近づく最後のチャンスだろう。
命をかけて、俺たちも裏切る時だ。
「…ここから見ててくれよ、ストーリア」
できるなら、隣で戦ってほしかった。
だが、お前が一人で勇気を出したように、俺も一人で最重要任務をこなしに行くぜ。
「(ホルマジオの通信は途絶えたが…俺は、まだ殺られるわけにはいかねえ)」
end