前日の雨の匂い。

全てを流す雨の後の世界は、少し浄化された気がして気持ちがいい


「あ、」

「陽燐…」


通りのカフェテラスで薄いアメリカンコーヒーを口にしていると、よく目立つ承太郎の姿。

なんやかんやそういう関係になってから、水族館と安いモーテル以外で会うのは初めてね。


「ちゃんと大学生らしい時間活動してたのね」

「あんたこそな」

「ふふ…どう?一緒にコーヒーでも」


軽くカップを持ち上げてみたら、承太郎はやれやれだぜ、という口癖とともに私と対面する椅子に座った。

座ってもやっぱり大きいわね。


「…あんた、この辺の大学なのか」

「ええ、近くの音大のピアノ専攻よ」


個人的な質問なんて珍しい、と思いながらも珍しさついでに答えてやる。


「だから寒くもねえのに手袋を…」

「ふふ、それもあるけど…私の美しい手の色気に周りがあてられないようによ」

「馬鹿言いやがるぜ」

「あら、そう?…でもこの手は大切だから、保護しなきゃいけないのよ」


目を落とし、美しい自覚がある自分の手を丁寧に撫でる。


「この手は私にとって…私の命より、重い価値があるの」

「…命より重いもんがあるかよ」

「あるわ…そしてそれは、人それぞれ違う。貴方もそういうものを知ってる部類の匂いがするから、わかる」

「……」

「…うふふ、図星ね。女の勘は案外当たるのよ?覚えときなさい、きっと後の人生で好きになる女ができたら役に立つわ」


大人ぶって助言して、もう行かないとと立ち上がろうとすれば手首を掴まれた。


「!」

「…あんたに対しては、役に立たねーのか」


吐き出された言葉と、ほら、波影のような不安定さが眠る真摯な瞳が私を貫く。

ああ、きっといい男だわ彼は。

沢山、この掴まれた手の指先で消してきたからわかる。


「!…私はダメよ…遊びだけの女を本気にするのは辞めときなさい」

「何故だ」


離れる気配のない手に息を吐き出し、そっと掴まれていない手で頬を撫でる。


「……片思いしているのよ、私も」

「!…」


驚いたようにわずかに承太郎の表情が変わる。

緩められた手から、掴まれた手首を抜いて離れる。


「…きっと貴方と私は少し似た寂しさを抱いていたから引き合ったのね…でも、ごめんなさい承太郎」


貴方は、私にはいい男すぎる。

そうとだけ告げて、踵を返してその場を走り去った。

きっともう、会うことはないでしょう。

私の留学も、もうすぐ終わるから。


to be continue…






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