ハンドケア用品ばかり増える、他は無機質な部屋の中に響く私以外の電話の声。


『陽燐、アメリカはどうだい?』

「…ええ、素敵な場所よ…本当に。でも食事は日本の方がいいわ」


柔らかくなだめるような低い声に、涙が出そうになるのをこらえて、おどけてみせる。

電話の向こうには世界で一番、愛おしい人。

久しぶりのたった一本の国際電話で、幸福を感じられる私は、なんて安い馬鹿な女。

だけど、舞い上がるような感情を止められなくて、Queenのアルバムを入れたウォークマンを握りしめた。

ああ、とわずかな想いを口から絞り出す。

答えはわかってるのに。


「早く留学を終えて、会いたいわ…」

『…僕も会いたいよ、可愛い陽燐』


お前の美しい手が恋しいよ。

付け加えられた言葉に、漏れそうになった嗚咽を押し殺す。

…わかってた答えね、兄さん。


「…嬉しい。愛しているわ、兄さん」

『ああ、知ってる。それじゃあ日本で帰りを待っているよ』


淡白な返事の後、通話状態が切れた音。

ほろほろと頬をすべって落ちる雫。

愛おしさと、息苦しさに受話器を投げ出し、涙をぬぐいながら座り込む。


「…(…やっぱり、手だけなのね)」


私自身ではない、と深い息を吐き出す。

私、吉良陽燐と、兄、吉良吉影は誰にも言えない歪んだやっかいな性を持って、この世に生まれてしまった。

私は、他人では満たされない、血縁者しか性愛することができない、近親相姦体質という性。

だから私は心から、生来の本能から、血縁の兄である吉良吉影を、幼き日から愛さずにはいられない。

対して兄の吉良吉影は、女を殺さずにはいられない殺人衝動の性と、女の美しい手だけに性愛を抱く性。

だから兄は心からの愛を、私自身ではなく、私の手にだけは向けてくれる。私が望んでいる形とは、違う。

重なる日はこない愛の性。でも、それ自体を不幸に思ったことはないの。

愛される日がこなくても、全てを捧げて愛したいと思う相手がいることは、すごく幸せだと思えるから。

気持ち悪い私の愛を受け入れて、手だけでも必要としてもらえているだけで、きっと有り余る幸福なのでしょう。


「…手のケアをしなきゃ」


兄さんが幸福なら、私はそれでいい。

だから私は、兄さんが望む理想の美しい手を保って生きるの。

そうしたら、兄さんは満足そうにまた微笑んでくれるから。


「……他の男の愛は、間に合わせよ」


ふと浮かぶ、お気に入りの水族館の巨大水槽。

薄暗い館内、ブラックライトに映る波影。

それらがよく似合っていた承太郎の姿を振り払い、最愛の兄へ思いを馳せた。


to be continue…






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