ウォークマンのイヤホンから流れるキラークイーンを聞き流しながら、行き慣れた巨大水槽のある方に歩いていく。

私の兄さんは興味がないらしいけど、私は海や魚がわりと好きだったりする。

これを言うと意外だと笑われるんだけど、本能で生きていられる動物や自然は、人間よりずっと好きなのよ。

魚相手なら、他の人の前のように自分を偽る必要がないし、アメリカでの今の一人の留学生活の寂しさも癒される。

ゆらゆらとゆったりと、ライトに照らされた水面の波影が踊るのはとても穏やかな気持ちにもなれる。

だから、閉館時間間際のこの誰もいない水族館は私の数少ない居場所だ。

…私は罪人かもしれないけど、少しくらい幸せでいる権利はあるはずだもの。

足をすすめ、海底から水面を見上げているような感覚を味わいながら巨大水槽をゆっくり眺められるソファがある場所に出る。


「(どうせもう誰もこないし、今日も閉館までいよう)」


いつもならこの時間、ここには誰もいない。

だけど今日は3人掛けソファの端に大きな先客。

私のヒールの音に気づいたのか、彼は振り返った。

端整で、精悍な顔立ちの同い年くらいの男。

静かで鋭い視線が、私を射抜いた。

何故かどきりと、鼓動が一つ大きく鳴った。

ときめき、とかではない。

私の心がただ1人から揺らぐことは決してないから。

だけど何故か、もっと奥の方で、どくどくとなにかが脈打つ。

それを悟られないように、微笑みを見せた


「…貴方、日本人ね。同郷の人が先客なんて嬉しいわ。それから、そこ私のいつもの指定席なんだけど…隣、いいかしら?」

「……構わねェ」


ぶっきらぼうに返ってきた返事に短く礼を述べて、一人分真ん中を開けて端に座る。

いつもは私一人分の静寂が、初めて会う男と二人分でも存外悪くはない。

いい男だからかしら?それとも若そうなわりにどっしりと構えた彼の雰囲気のせい?


「(なんにせよ。面倒な先客じゃなくて良かったわ)」


優雅に水槽の中を泳ぐ魚たちを見ながら、キラークイーンが流れてくるイヤホンをはずした。


to be continue…






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