甘い罠
「チャオ、ラウラ」
扉を開けた瞬間、軽い挨拶と共に頬にキスをしてきたメローネの手には、香ばしい匂いをさせた紙袋。
食べ物の匂いにすんすんと思わず鼻を動かせば、メローネは楽しげに笑って、紙袋を渡してきた。
「ちょっとした土産だよ。開けてみて」
「お土産…?…あっ、カンノーロじゃない!」
「流石はシェフ。大正解だ」
渡された紙袋を開けば、こっちではあまり見ないシチリアの伝統菓子が詰まっていた。
「お金…大丈夫なの?」
「ラウラが喜ぶならたいしたことないさ。それにいつもご飯を与えて貰ってるし、たまには俺からもね」
ラウラなら自分でも作れるかもしれないけど、と目を細めるメローネに首を横に降る。
「お菓子はシェフよりパティシエが作った方がやっぱり美味しいから…グラッツェ、メローネ」
「早速食べてみてくれよ。嬉しそうに食べる君の顔が見たいんだ」
「そう?…じゃあとりあえずお茶を淹れるから上がっていいよ。でも、モノを物色したりしないでね?特に下着」
「しないしない!」
「(なんでそんなにワクワクしてるのかしら…)…ならいいけど」
そしてメローネを家にあげて、お茶を淹れるべくキッチンに立った。
***
ぱりっとした食感に、リコッタの味が口に広がる。
とろけるような甘さは、素早く舌に幸福感を与えてくれる。
それに満足して、目の前で頬杖をついてこちらを見つめるメローネに微笑む。
「うん、とっても美味しいわ!」
「俺もご馳走様。笑顔でこれを食べるラウラはディ・モールト最高だよ」
そういって、カンノーロをひとつつまみあげる。
「どうしてそんなにカンノーロを食べさせたかったの?」
「ん?じゃあそれに答えるためにラウラに質問だ。カンノーロの皮の部分はなんの象徴と言われているかわかるかい?」
「…私はパティシエじゃないから、そこまではわからないよ」
「じゃあ、リコッタの部分は?」
「同じ。わからない」
「正解は、皮は男らしさで、中身は女らしさだそうだ」
「へえ…そうなの…」
素直にメローネの雑学の広さに感心して、まじまじとまだ半分ほど手元に残ってるカンノーロを見つめる。
「更に言ってしまえばね、男女の愛の象徴なんだってさ」
…おっと…?雲行きがあやしいね?
「……ねえ、メローネ?あんまり意味深いこと言うから確認だけど、それ言うためだけに買ってきたわけじゃないよね?」
「まさか。勘違いしないでくれよ、これはただの前知識さ」
笑顔で返された言葉に胸をなでおろし、カップのお茶をすする。
「そうだよね、よかった。そんな回りくどい告白みたいな真似は、貴方しないもんね」
「ああ、だからここから先がストレートで重要なんだ」
「えっ?」
「発祥の地のシチリアでは昔ね、カンノーロを男性器に見立てて告白に使ったらしい…
つまりラウラ、俺の(買ってきた)性器を食べた君はディ・モールト卑猥な姿を見せつけ、なおかつ俺の告白を受け止めたってことだ」
恍惚の笑みを浮かべて舌なめずりしたメローネの顔に
出す言葉すら失って、空になったティーカップを投げつけた私は、悪くないと思う。
カンノーロ見るたびに思い出しそうな、トラウマになりそう。
end
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