世界格差


「…(最近あの人たち誰もこないな…メローネすら、こないし…)」


どうしたのだろう。

裏社会の人だから、何かあったのかもしれない。

悶々としたままカウンターに頬杖をついて、ガラス窓の外の雨を見る。


「…ここのところ雨ばっかりだし…」


雨の音ばかり響いてきて、訪れていた彼らがどれだけ賑やかな存在だったかを知らしめてくる。

本来なら私の世界とは交わるはずのなかった人たちは、彼は、今何処でなにをしているのだろう。


「(…私と彼らは所詮ただの店主と客で、今までどおり踏み込むべきじゃないけど…)」


こちらから見つめ返してはいけない世界だったのに、いつの間にか彼らの世界を見つめ返すようになってしまった。

一つの、憧れ…なのかもしれない。

平凡な私には絶対に踏み込めない世界で、あの人たちは同じものを見て、生きてる。

素敵だな、って純粋に思うし、見ていてそんな彼らが微笑ましいのだ。

私にもそりゃ、友達や知り合いは他にもいるけど、きっと彼らのような関係は築けないだろう。

ギャングなんて、怖いだけだと思ってた。

でも、違った。

パードレやマードレが教えてくれなかった世界が、彼らの中にはちゃんとあったの。

…彼がいなければ、やっぱり知らないままだった、私は。


「……メローネ…」


名前を一つ呼ぶと、自分の中の感情が、また徐々に変わっていく気がして、自分にストップをかける。

ダメよ、それはダメ。

彼を間違っても、愛し返したりしてはいけない。

絆されてはいけない。


「(だって、絆されたその先に何があるの?)…うー…」


ずるずると頬杖を崩し、ぺたりとカウンターに顔を伏せる。

怖いの、私は。結局。

うっかり愛しても、同じ世界にいれるわけじゃない。

振り向いた瞬間、遊びだったっていう可能性もある。

もしかしたら私のパードレみたいに、ある日ぱったりと知らないところで消えてしまう可能性もある。

だから、どうせならつっぱね続けてたい。

好きなんかじゃない、って言い張ってる方が、きっと離れた時に傷つかなくて済むんだもの。


「(だから私は、愛せないんだな…)」


でも、今まではそれが寂しいなんて思わなかった。

こんな風になるほどの相手もいなかったからかな。


「……ダメなの…答えてもいいなんて、思っちゃ」


生きる世界が違うの。

ぽつりと言い聞かせた時、ちりん、とドアの開けられた合図であるベルが鳴る音。

慌てて、涙を堪えて顔を上げる。


「…」

「!メローネ…!?」


そこには、今しがたまで考えていたずメローネがいた。雨でずぶ濡れの姿だったが。

明らかにおかしい、なにかあったんだろう姿に、タオルを渡すのも忘れて、立ち尽くした。

こういうときは、大抵いつもろくなことがない。


「…ラウラ…ソルベとジェラートがさ、もうこの店には来れなくなったんだ…これからは、飯とかさ、二人分減らしていいから」


ああ…つまりそれは、そういうこと?

どうしてなの、神様。

笑んだ彼の言葉の奥の真実への悲しみと、完全に折られた踏み出す勇気に

堪えていたものが両の瞳から溢れだした。


end


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