A
「……」
「…め、メローネ…?」
まだ営業中なのに、勝手に店の入り口のプラカードを閉店に変えて、彼はテーブルを拭いていた私に思い切りハグしてきた。
いや、ハグはいつものことだけど、そのままなのはどうもおかしい。
いつもなら、甘い言葉をぽんぽん投げつけてきたり、すかさず嬉しそうにキスしてくるのに、変なの。
なにかあったのと聞いた方がいいの?
でも、私にはきっと遠い話だろうから理解できないかな…
仕方なく、そっと背中に手を回して、とんとんと背中を叩いてやる。
右半身が直に肌だから緊張するとか言ってられない感じだ。
「…メローネ?温かいスープでも飲む?」
「ラウラ、愛してるよ。ベリッシモ愛してる」
私の気を利かせた質問なんか無視して、どうにも答え難い、いつもの台詞が返答代わりに飛んできた。
恋人なら、私も愛してるわとかメロドラマでしか聞いたことがないような気の利いたことを言えるんでしょうけど、あいにく私はそうじゃない。
「あー……うん、ありがとうね。その気持ちは本当に嬉しい」
正直なことを言うしかない。
下手に私もよ、なんて言ってしまったらどうなるかわからないし。
「…ラウラって優しいんだか残酷なんだかわからないな」
「貴方がそんなんだから、余計嘘は言えないの」
「…はは、そういうまっすぐなとこも…やっぱり歪ませたくて落としたくて、好きだな」
「ああそう…それでスープでも飲む?それともなにかお腹に入れてく?」
いつものように流暢に嫌な台詞が出てきたのを確認して、とんと軽く身体を押せば、メローネはいつものように様々な闇を含んだようなやらしい笑みを見せる。
「…ご褒美のコースのメインかデザートには、ラウラが食べたいな」
「いきなりなんに対するご褒美なのそれ…」
「んー…?ラウラを手に入れるためならなんでもできる俺に対して…かな」
「またそういう…」
「本気だよ。だから君が少しでも俺に感謝して褒めてくれたらそれだけでいいかも」
できればデザートより甘い言葉もくれたりしたら最高だとカウンターに座りながら笑った彼は、まだいつもと違って見えた。
職場で傷ついてきたのか、なにか私が傷つけたのかは知らないけど
なんだか捨てられたような雰囲気で、私がなにか言わなくちゃいけない気がした。
気のせいかもしれないけど、ぼちぼち私は彼に伝えておくべきなのかもしれないとカウンターに入らずに、座った彼の隣に近づいた。
「…ラウラ?」
「…メローネ、私…言ったことなかったけどね。貴方にはこれでも常に感謝してるつもり。
ストーカーの貴方に言うのはこれ絶対おかしいんだけど……そうだね。貴方に出会ってからこれでも前より、幸せな実感をしてるんだよ、毎日。だからさ、」
グラッツェ。
メローネの鼻の頭に唇を寄せてリップ音を鳴らす。
驚いたような珍しい顔に私が恥ずかしくなってきて、ささっと走ってカウンター奥の厨房に入る。
「(ああもう私もおかしくなってきてるのかな!?)」
「ラウラやばい!今のはやばい!!ディ・モールト・ベネ!!お願いもう一回!!もう一回キスして!!」
「嫌!!」
がたがたとカウンターを乗り越えようとする音に、するんじゃなかったと頭を抱えた。
さっきの傷ついた感じはどこいったの!?
end
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