OVER HEAVEN


「ミシェル先生は、天国はどこにあると思いますか?」


気づいたら、そんな馬鹿げた質問を先生に訪ねていたことがある。

何を思ってあの時あんなことを口にしたかは、100年が経った今をもってもわからないが

私は、私の愚かな母が天国に行けなかったという仮定を、先生の叡智によって、正しいと証明してもらいたかったのかもしれない。

しかしやはり今では憶測に過ぎず、よくはわからない。

だがあの時、先生は意外だっただろう私の質問を笑うわけでもなく、少し目を丸くさせただけに留めてから微笑んだ。


「天国...それは、各々の人の頭の中にあるものかと私は思いますわ」

「...随分と哲学的な」

「ディオ坊っちゃまが宗教的な意味で聞いているのであれば、それは悔い改めた者の死の後にある神様のおわす楽園と答えられますが

貴方は多分、そうではない。それならば私は、人間の頭の中にこそ天国はあると思っております」

「どうして...先生はそう思う」


ミシェル先生の考え方は、あの頃は不思議だった。

だから理由を問いかけた。

先生は、簡単な理由ですよ、と瞼を閉じて口ずさんだ。


「例えば私が天国に至ったと思ったら、他の誰にもそうは思えなくても、そこは私にとって、私の天国になるからです」


なんともトンチがきいたような答えであったが、確かに真理でもあるとそう思えた。

地獄が頭に宿るように、天国もまた頭にある。

ああなるほど。

なんてミシェル先生らしい、納得がいく論理提唱だと思うと同時に

この人は母と違い天国に到達するだろう、いや到達する術を身につけているのだろうと、私はあの日確信した。


「ミシェル先生は、貴女の天国にいけると思うか?」

「そうですね...私の天国にたどり着くとしたら、それは...きっと私の全てを置いていく覚悟をした時でしょう」


あの人もそうだ、覚悟と言っていた。やはり、覚悟なのだ。

全て置いていく覚悟。即ちそれは全て捨てていく覚悟と同義ではないか?

私の愛しい師が天国の扉を開けていたのは、既に自分の全てを置いていく覚悟があったからなのかもしれないと、今は思う。

だからミシェル先生は、あの人が言うところの、このDIOの頭の中の天国にもいけたのだろう。


end

 

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