Primo Piatto


「…あの女か」

「ああ、間違いねえな」


路地の陰から標的を探し、そして一点を見つめた。

自分たちの安い報酬など、コースなんぞ頼んだ日には一発でぶっとびそうなリストランテ…

正しくはそのリストランテの、裏側の路地を伺う。

視線の先には、標的の女。

メローネが熱を上げてる女だ。

あの華やかなリストランテの人間にしては地味な格好で、ゴミを捨てる作業をするラウラ・ベルニ。

そう、今日の俺たちの任務(という名の暇つぶし)は、あの女の調査だ。


「まさかメローネが、ああいうタイプが好みとはなあ」

「セクシー系か軽そうなウエイトレス狙いだと思ってたが外れたな」


横顔から察するに可愛いくないわけじゃないんだろうが

恋愛経験もそうなさそうな、原石タイプ。

高級品より野花が似合うタイプの女と見た。

少なくとも、ギャングに関わってるタイプではないだろう。

そのあたりは心配がなさそうだ。

また路地を引き返し裏口のある角に消えていった女の背中を見送りながら息を吐き出した。


「…戻ったぞ」

「イルーゾォ、どうだったよ店ん中は」

「…俺たちのひもじさを呪いたくなる光景だった…」

「お前はなにを見てきてんだ!」

「仕方ないだろ…俺は空腹なんだ。あちこちに美味そうな料理があれば見ちまうさ」


イルーゾォの言葉の真実に、情けなさと虚しさを感じながら大きくため息を吐き出す

こっちまで、忘れようとしていた空腹感が戻ってきたじゃねーか。


「しょうがねェなぁ〜…しかし空腹な暗殺者とかかっこつかねーな…」

「ホルマジオてめぇまで…ペッシが今昼飯買いに行ってんだろうが。我慢しろ」

「どうせ安いパーネだろ…はあ…ペスカトーレ…」

「マルゲリータ…」

「リゾットのやつに言え」


美食文化に生きるイタリアーノの血を騒がせてる場合じゃねえだろ。

そんなもん食う余裕が、この月末にあるもんか。

俺だってあれば食いてェと舌打ちをすれば、兄貴と呼ぶ、ペッシの声と走ってくる足音。


「ようやく帰ってきたかペッシ…ん?頼んだパーネはどうした」

「実はあのいつものパーネが売り切れてて…もう一つランク上のやつは全員分買うとギリギリ予算オーバーで…」

「んだとォ!?あのパーネッテリア…!!」

「ふ…ついにパーネまで買わせてもらえねェのか俺たちは…」

「やめろホルマジオ…泣きそうになるだろ」


自嘲まで漏らすホルマジオ。

普段なら情けねェと蹴りをいれたくなるところだが

俺も正直、食い物の話をしていたせいでその余裕もねぇ。


「畜生…ラウラ・ベルニなんか見にくるんじゃなかったぜ…!!」

「え!?す、すいません…?」


まさか恨み言に対する反応に、ばっと顔をあげて後ろをむけば、ラウラ・ベルニが驚いた顔をして俺を見ていた。

一般の女だと気を抜いていたせいでまったく気づかなかったが、向きからして

この路地前を通りかかったら自分に対する恨み言が聞こえてきたってとこだろう。

なんて運がない。これは思わぬ事態だ。

接触する気はなかったんだが、本当に今日はついてないらしい。


「え、っと…私、貴方がたのことは、知らないんですが…記憶にないだけでなにかしてしまったなら、ほんとにごめんなさい…!(私こんな明らかにカタギじゃない人たちになにかしたらさすがに覚えてるはずだけど…!!)」


怯えたように丸い瞳を見開いて、今にも淡いローズピンクの目玉から涙を溢しそうな姿に焦る。

こんなところでこの俺が!ただの女を泣かせるような男に成り下がる訳にはいかねェ!!


「いや、ラウラ・ベルニってのは…ピッコリーナのことじゃなくてな…!同姓同名の他人ってやつだ!!」

「え…」

「(おいおい流石に無理だろプロシュート…!)」

「(そんな馬鹿な発言誰が信じ…)」

「なんだあ…そうなんですか…よかった…」

「「「(嘘だろピッコリーナ)」」」

「(流石兄貴!ぱねェ!!)」


to be continue…
back