Antipasto


「へぶしっ」

「…ん?なんだメローネ、てめぇまさか風邪かぁ〜?」

「いやこれは違うぜギアッチョ…」

「あん?じゃあなんだよ」

「…愛だ」

「はあァァ!?」


ギアッチョの奴の声を聞きながら、昨晩ラウラにひきつった笑顔をされて、コップの水を顔面にぶっかけられたことを思い出す。

大人しくて人がいいらしい彼女が、あんな顔をしたのは見たことがなかった。

そもそもあんなにまっすぐに、あんなにも近くまで近づいて顔を見たことも、昨晩がはじめてだ。

路地裏で自分の料理を捨てる横顔や、うつむいたり逸らしたり

俺はこっちだよと笑って、合わない目線ばかりを長いこと見てきた。

たまにうろつくガット・リベロにくれてやって、撫でてやってる日もあった。

その時ばかりはガットになりたかったが、よく考えるといざラウラを手に入れたあとに、セックスもできなくなると思い直した。

一年近く、いやそれ以上の期間をかけて遠くから見つめて、調べて、時には見つけた家の中に入った日もあった。

だから彼女が、ラウラが、俺とは本当に世界が違う人間なのはよく知っているし

すごく穏やかな気質で、我慢しがちな女なのも知ってる。(だから男ができたことがねぇんだろうな。ディ・モールトかわいいのに)

だから調べ尽くして知らないことなんかないつもりだった彼女が怒って水をぶっかけてくるなんて、オレがまさかあんな一面を俺だけに見せてくれたなんて。


「ディ・モールト!ディ・モールト素敵なことじゃあないかッ!!」

「おい。メローネのやつ、ついにイッちまったのかよ…頭が」

「今さらだろ…ほっとけよホルマジオ」


空腹の中、ようやく前菜のカプレーゼを口に入れ、この舌先で味わえたような痺れる快感を得た気持ちは、まあ、他の奴らにはわからないだろうなあ。

口に入れ噛みしめていくたびに、酸味と甘みとが吹き出すような幸福感。


「(やっぱりラウラ、君は見つめていた通りにかわいいし、遠くから触れずにいた時より好きになったよ)」


食べたかった君の料理だって、大満足な味だ。

だから君も、早く俺のことを好きになってくれないかなあ。


***


ぞくっと寒気が走った気がする。


「気のせい…?」


最近冷えてきた気候のせいにしておこう。

他の理由なんか、一人の男しか思い浮かばないもの。


「(…思わず水かけちゃったけど…逆上して殺しにきたりしないよね…)」


殺されるのは嫌。

だって絶対に痛いし怖いもの。

しかも、名前も結局知らないままの裏稼業のストーカーさんに殺されるなんて余計怖い。

というか数週間前まで顔も存在も知らなかった相手に、私のことを調べ尽くされて、ずっと見られていたと考えるだけで

ちょっと私の精神がどうにかなりそうだから、これ以上思い出すのはよしたい。


「うぅ……あれで幻滅して諦めてくれたらいいんだけど…」


でも私に水をかけられた彼は、呆然としたあと、笑ってた。

すごく、嬉しそうに、楽しそうに。

信じられない。


「(怖いよぉぉ…裏稼業の人ってみんなあんな感じなのかな!?)」


彼だけが変わってるんだと信じてる。

いやそれはそれでちょっと自分の運の悪さを呪いたいけど…!!


to be continue…
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