Coffee sarà tranne cappuccino?
「(…あら、寝てた?なんだか懐かしい夢を見てた気がする…)」
うつらうつらとした頭を覚醒させて、店内を眺める。
古い家を借りて、2ヶ月ほど前に始めた小さなトラットリア。
従業員は私一人だけど、口コミでいつの間にかささやかに広まったらしく、まあ下町らしい変わったお客様が増えて、経営もゆるゆると起動に乗り出した。
前の職場は、複雑な話だけどストーカーの彼の言う通りやっぱり居づらくて、やめてしまってよかったのかもしれない。
通り沿いにある窓の外を見る。
ここは下町だから、まあ少々素敵とはいい難い場所だけど、空の青さだけは地中海の国らしく、綺麗だ。
きっと表通りなら、観光客たちが大喜びの日だろう。
ここは、観光客とは離れた街だからあんまり関係ないんだけど。
知る人だけが知る店?
そう言えば聞こえがいいかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、入口の鈴が鳴った。
くるりと向けば、いつから出会ってから仲良くなり、現在はもっと親交が深まったプロシュートさんとペッシくん。
まあ、例の彼の仕事仲間だと知った時はそりゃ、もうびっくりを超えたけど。(しかも男9人の職場だなんて)
「チャオ、ラウラ」
「チャオ、今日は二人なのね…あの彼はついてこなかったの?」
「奴は外まわりの仕事でな。他には内緒できたのさ、騒がしくなりすぎるからな」
「なるほど…」
皆さんが、なんの仕事をしてるかはちゃんと聞いたことはないけれど
多分聞いてもいい事はないのはなんとなく分かるから、私はそこに深入りはせず、カウンター席に来た二人にコーヒーでも飲む?と勧めれば、ああ、と短い返事。
「しかしまあ、随分といい女になったな、ラウラ。印象が見違えたぜ」
「そう?プロシュートさんみたいな素敵な人に言われたら自惚れちゃうな」
でも挨拶替わりの気の聞いたセリフにも、こんな切り返しができるようになったのは、たしかに成長かも。
ふふ、と笑いながらエスプレッソを淹れる。
「おいおい、世辞じゃあないんだぜ?なあペッシよォ、お前もそう思うだろ?」
「えっあっ、そ、そりゃそうですぜ!ラウラも兄貴が褒めてるんだから綺麗になったに決まってんだろう!?」
「うふふ、ありがとうペッシくん。ペッシくんもますます筋肉ついたね、男前が上がってる」
一生懸命な言葉に、少しだけ頬を染めて切り返す。
ああ、これはまたおまけをつけてあげなくちゃ。
「どうせお昼まだだよね?パニーニぐらいつけてあげる」
とん、と二人の前に熱いコーヒーと二人分のパニーニを置けば、そんなつもりはなかったんだがな、と言いながらもプロシュートさんはしっかり口角を上げている。
「お腹がすいてるなら言ってくれたらいいのに」
「なんの話だろうな、あれは本心だぜ?」
「へえ、プロシュート。どっちにしろ俺のラウラ拐かすのやめてくんない」
「うわわッ!メローネ!」
「…メローネ、また裏口から入ったんですか…」
「つーかお前仕事はどうした」
「終わらせて直で来たに決まってるだろ」
腰周りに後ろから絡みつく腕は、もう慣れてしまったもので、
そんな自分と、相変わらずその辺のストーカーも真っ青になりそうなままの彼にため息がでる。
「離してくださいって」
「ラウラも、なんで俺にだけはいまだ敬語なんだい?そろそろ普通に喋ってくれてもいいじゃないか」
「…わかった。わかったからリゾットさんのとこにお仕事の報告とか行かなくていいの?」
「大丈夫大丈夫、ラウラと濃密なキスをしていく時間くらいあるよ」
「いやっいらないからぁぁ…!!プロシュートさんリゾットさんに電話を今すぐ!お願いします!!」
自分の方に向かせて近づけてきた顔をなんとか両手で押さえつけ、席でため息をついてるプロシュートさんに助けを頼む。
「メローネ、だからモノにできねぇんだお前は」
「プロシュートには関係なくね?」
「あるな。このままだと俺とペッシの昼飯が邪魔される。そして…」
「メローネェェェ!!!てめッ仕事終わってすぐ女のとこに逃走してんじゃねェェェ!!」
バキャァァン
「ああ!!ギアッチョさん扉を蹴らないでぇぇ!!」
「あん!?ラウラ!相変わらずこの扉脆いんだよ!!」
蹴りこんできたギアッチョさんにメローネの緩んだ腕をふりほどき、蹴倒された扉の方に向かう。
「お前の仕事の相方だったギアッチョが、お前を追いかけて脆いドアを蹴破ってくる…いい終わる前に来たけどな」
「あちゃー…また扉つけ直してあげなきゃラウラの機嫌損ねるなあ」
「それよりてめェメローネ!!さっさとリゾットに報告いくぞ!!」
後ろからそんな会話が聞こえてくる中、見事に壊された足元の扉を見てため息を吐くと
その横をギアッチョさんに引っ張られていくメローネが通り過ぎようとする。
「仕方ないなあ…ラウラ」
「?」
名前を呼ばれて条件反射で顔を上げると、唇に柔らかい感触。
またやられた…!!
「め、メローネ!!」
「ふふふ、真っ赤になって怒るラウラもディ・モールト可愛いよ。またあとで来るからね、チャオチャオ」
本当にハートでも飛んできそうなウインクと投げキスをしながら引きずられていくメローネから顔をそむける。
「…ど、どれだけ本気なのあの人…」
「ベリッシモ本気だよ!!ティ・アーモ!!」
小言だったのになんで離れても聞こえてるの。
情熱的というか、独り善がりにも程がある愛情に頬を熱くさせたまま、彼の身内の残った二人を見た。
「…なんとか、なりませ…」
「悪いが、諦めとけ」
「ラウラ〜…ごめんなぁ」
ああ、神様。
このフルコースの締めじゃ、ちょっとまだカプチーノを頼みそう。
Happy ending…?