‖匂いは甘く 絹のおうちは昔から、代々私のようなみこや、さにわを生んできたおうちなのです。 おじいさまはもちろん、父さまも母さまも、りっぱにおつとめをされたのです。 「だから絹も…もう少し大きくなったら、さにわのお役目をもらうのです」 「…絹姫様は怖くないのか?親父さんもお袋さんも、勤めの中で死んじまったんだろう?」 「…こわいのですよ、もちろん。でも、人のいのちはさくらと同じだと母さまと父さまは言ったのです」 さくらの花が別れのころに咲くのは、別れのかなしみをうつくしい姿で、いやすために。 旅立ちを見おくり風に散るのは、いのちをかけて未来に向かうよう、せなかを押すために。 「母さまと父さまは、さくらのように、絹を未来におしてくれた。だから絹は、未来を守るために、過去でたたかうのです」 ご先祖さまたちがみんな、そうしてきたように。 「絹もだれかにとっての、桜になりたいのです」 「絹姫様はちいせえのに強いなぁ…立派な審神者になれるだろうぜ。俺もいるんだからな」 「えへ…頼りにしてるのですよ和泉さん」 任せろよ、と笑う絹の初めてのお刀さん。 笑顔が眩しくてかっこよく見えるのは、最初に時を飛んだ絹たちの先祖が恋をした、あの人の刀だからなのでしょうか。 てのひらにちょうど落ちてきた、庭先のさくらの花を、隣に座る和泉さんの細いみつあみに挿してみる。 「!おい、絹姫様なにしてんだ?」 「和泉さんはさくらが似合いそうだったので…やっぱり、思ったとおりなのです」 つやつやの黒いお髪に、うすい桃色の花はすごくきれいに見えた。 「さくらの似合う和泉さんは、きっと絹をだれよりも綺麗なさくらにしてくれる刀なのでしょう」 だからいつまでも長く、そばにいて、絹をさくらにしてください。 きっと時を超えて恋をしたご先祖さまも、こんなふうに、あまいおさとうみたいな気持ちになったのでしょう。 [ LIST / TOP ] |