忘れじ感情
背を向けた障子の向こうから、廊下を走る音が聞こえてくる。

誰かはすぐにわかる、と痛む身体を障子の方に向ければすぐに障子は開き、肩で息をした久しい女の姿が現れた。


「歳三…!」

「…珠緒か、相変わらず騒がしいな」

「心配して駆けつけた幼馴染みに、その台詞…?」


眉根を寄せても、その声に震えはあれど怒気はない。

わかりやす過ぎて、状況は緊迫しているのに自然と口が緩む。


「…笑ってるんじゃないわよ!私がずっと、会津でどんな思いでいたと…!!」

「わかってるさ」

「わかってない…!こんな怪我までして…歳三はいつもそう…」

「珠緒…聞け」

「なによ馬鹿!」

「…珠緒」


手を引いて抱き寄せ、頬に触れて視線を合わせればこいつは予想通り真っ赤になって泣きそうな顔に。

珠緒の根が初心で、俺に惚れ込んでいる限りこれが変わらないだろうことはよく知っている。


「ッ…や…ち、近い!不埒よ…!」

「幼馴染みだろうが」

「そ、そうだけれど…」


腕の中で急にしおらしくなる姿に、珠緒の愛だけはまだ失っていないことを実感した。

俺のことが、幼い時から恋しくて仕方ないくせに、俺のためにそれを口に出さない。

けれど全てを俺に捧げ、今尚待ち続けてくれている。

その全て、いじらしく愛しいと思ってきた。

だから珠緒が、他の男に行かなかった姿に安堵し、優越した。

…早く、答えてやっていたら結ばれただろう。

ただ、愛よりも俺には追いたいものがあった。

勝手な酷い男だというのなら、それは今更だ。


「…いつも…こうしたら私がおとなしくなると思って…」

「…珠緒」

「ッ…囁かないでよ色情魔…!」

「色情魔とはなんだ、せめて色男にしとけ」

「知らないわよ…離してッ」

「やめろ押すな…傷に響くじゃねェか」

「う………ごめん、なさい…」


はっとした顔で、素直に引かれる手。

だから俺のような男に捕まるのだ。


「…ふ…可愛いな、珠緒」

「ううう…うるさい…(私の気もしらないで…)」

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