忘れじ熱情
大怪我をした姿で歳三は会津にきた。

変わりないように努めていたけれど、やっぱりわかってしまうものね。

身体だけでなく、心も疲弊していた。

仲間と死に別れながらの敗走の中、ついに近藤さんまでもを失ったんだもの。

それも武士じゃなく、罪人扱いで。

鬼なんて呼ばれながらも、繊細な心を持ち合わせたあの人が傷ついてないはずがない。


「(…お側で支えてあげたいけれど…あの人はきっと付いてくるなと言うわね…)」


共に戦う覚悟はあるのに、あの人は私のその覚悟を受け止めてくれない。

私を置いて戦場に行ってしまうだろう。

私が、あの人のために何かできることはないのだろうか。


「はあ…」

「まだ…そんなもんを振り回してるのか」


構えた薙刀を振り下ろし一息をつくと、後ろに気だるげな気配。

振り向けば、酔っているのか少し頬を赤らめ、眠そうな少し淀んだ目をして柱に寄りかかる歳三の姿が。

洋装が着崩れた姿が色っぽくて、少し見とれてしまう。

相手は30過ぎだっていうのに、私どれだけ好きなままなのよ。


「…歳三…叔父上様たちと飲んでいたんじゃ…」

「風にあたりに来た」

「…そう」

「しかし珠緒、女のくせしてまだ武術にせいをだしてたんだな」

「…叔父上様みたいなことを言うのね。それに私は、別に女がやるべきことを蔑ろにしてる訳じゃないわ」


料理も洗濯も裁縫も得意にした。

嫌いな化粧にだって慣れた。

全て全て、できた女になるために。


「…だが縁談は一切受けてないんだろう?呆れたものだと聞いてる」

「…叔父上様には申し訳ないと思っているけれど、貴方に関係ある?」


貴方に惚れ込んでるからだとは言えず、キッと睨みつければ、歳三は口元を楽しげに歪ませ、私の腕を掴んで引き寄せた。

がらんと薙刀を取り落とす。


「…俺が関係あるのかは、お前が一番わかってるだろうが」

「!…なによその言い方…わかるわけないじゃない」

「俺以上に愛せる男が、いなかったんだな」


見下ろされかち合う視線、言葉に、火が出そうなくらい顔が熱くなる。


「な、なに言って…」

「なあ、珠緒。お前が女を上げたのは俺のためだろう?…帰りもしねェ男を待って、あほうだな」

「歳三、まさか…ずっと知って…!?」

「…だったらなんだ」

「っ…酷い…!からかって弄んでたの…!?」

「…弄んでた覚えはねェ…答える気がなかっただけだ」

「尚更最低よ!離し…ッ!?」


掴まれた腕を振り払おうとすれば、がっつりと抱き込められ、縁側に身体を倒された。

視界を覆うように、手負いの獣のような瞳をした歳三の姿が映る。


「……今は別だ…だから俺を想ってんなら、少し抱かせろよ…人肌恋しい…」

「!嫌よ…!貴方を愛しているのが例え事実でも…こんな風に抱かれるのは絶対に嫌…!!」


私が望んだのはこういう一晩の関係じゃないと胸板を押し返す。


「明日には最後かもしれねェだろうが…お前もどうせなら、女の悦びを一度くらい知って死んだほうが…」

「!っ…そんな…弱気で自棄な気持ちで私を抱いて、貴方への想いを消させないで!!馬鹿!!」

「っ!?」


立てた膝を歳三の鳩尾に思い切り入れて、その隙に逃げ出す。


「っぐ、…待て珠緒…!!俺は…」

「うるさい不埒者!頭が冷えるまで、私に顔を見せないで頂戴!!」


歳三の馬鹿。そんな後ろ向きの気持ちを言い訳に、私を抱かないで。

抱くのなら、せめて嘘でかまわないから、愛してるからなのだと言って欲しかった。




(結局、歳三はそのあと、私に謝罪も顔を見せることもなく、遥か北に渡ってしまった。)
(…おまもり、渡せなかったわね)

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