イーストブルー。
ここは本当に、実に穏やかな海だ。
悪い人はきっといるのだろうし、海賊さんも他の海と変わらずに存在しているけれど
偉大なる航路や新世界の海賊さん、それに海軍本部の方々に比べると、本当に可愛らしいものに見えてしまう。
だから最弱の海と、そう呼ばれるのは、けして誹りなどではないと思う。
だってそれは裏を返せば、危険視するものがないということ。
それはこの世界、たやすく想像を超えてくる、争いの絶えない大海賊時代において、なんて幸せなことでしょう。
***
シェルズタウンを出て、数日。
甲板に響いた軽いヒールの音で、うすぼんやりとした夢から目覚めた。
東の海に来てすぐ、あいつはそんなことを言っていたなあとぼんやりと思い返すと、ヒールの音が近づいてくるのが聞こえる。
横につけた海賊船から、夢に出てきた俺の上司が帰ってきたようだ。
身の丈には若干不釣り合いな白いコートが目の前で風に翻り、足音も止まった。
「終わったのかよ、アヤ」
「はい、全員捕縛しましたよ。お待たせしましたジャスミンちゃん」
「かまわねーけどよ、普通、護衛置いていくか?」
俺が出るべきだろ、とぼやけば、控えてばかりなのも偉そうじゃないですかと笑うアヤ。
実際、偉いんだろーがと言ってやろうかと思ったが、周りの控えていたらしい海兵たちが俺を押しのける勢いでアヤを取り囲んだので言えなかった。
相変わらず下手なアイドルより人気だな、うちの上官サマは。
「アヤ部長!視察の遠征中にお手を煩わせてしまい申し訳ありません!」
「お気になさらないでください。視察のためにきていたとはいえ…人々を苦しめる海賊さんの捕縛も海兵としての仕事ですから」
「いやあ、しかしお強いですなあ!これが海軍本部に若くして抜擢された力ですか!」
「いいえ、そんな…戦闘力だけで言えば、私は将校の中でも末席に位置する身です」
大層な実力はありません。
憧れの目をした海兵たちの中で、相変わらず困ったような笑みを浮かべるアヤを横目に、海賊船の甲板にちらりと目をやる。
そこにはアヤ一人を前に、お縄につかされた海賊たちが倒れ臥している。
「(…やっぱり誰も殺しちゃいないな…甘いぜ)」
だが鮮やかなもんだ、と素直に感嘆もする。
中小海賊団とはいえ、全員の意識を落として生け捕りにするなんて芸当は、それなりの力量がないとできないことだろうに。
控えめな自己評価がすぎる。
「(だが…なんつーか、比較する周りが化け物すぎるんだよな)」
「…さて、では後のことは皆さんにお願いしてもよろしいですか?」
「はっ!勿論です!」
「アヤ部長はこれからどちらに?」
「あと一箇所視察をしたら、ローグタウンに立ち寄り、本部に帰還する予定ですよ…しかし、その前に是非立ち寄りたいところがありまして…」
「立ち寄りたいところですか?」
「ええ、レストラン・バラティエです。あのお店の味が、私は大好きなんです!」
…ああ、道理でなーんか急いでんな、って思ったわけだ。
海軍本部の白い鳩
(いーのかよ、寄り道して)
(勿論赤犬さんたちには内緒ですよ!絶対に早く帰れと急かされますから!)
(連絡きそうだけどな…)
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