シェルズタウン市街がその日歓喜の声に包まれた。

これは、モーガン大佐の圧政が終わりを告げたということを知らせる声だ。

弱きを救うはずの海軍に苦しめられ、海賊になりたいと叫ぶ少年に救われた人々の偽りない事実を告げる声。


「(...彼らは、やってくれたのですね。立場としては、複雑な心境ですが...)」


この事実を私は、"アヤという名の海兵"は、喜んではいけない。

痛いほどそれを分かっている。

惨いほどそれを知ってきた。

けれど、誰も見ていない今少しだけは、アーニャであるうちは

この路地で、喜びのままに笑みを、感謝を零しても許されるでしょうか。


「...貴方に感謝を。駆け出しの海賊さん」


そうとなれば、私は私の仕事を遂行しなければ。

彼らの善行をダシにするのだから、それ相応の幕引きをしなければ。

先で待つジャスミンちゃんの目を見てひとつ頷き、海軍支部への道へと踵を返した。


***


カツン、カツン。

硬い音を立てて、他の海兵さんたちが軒並み不在の冷たい廊下を進んでいく。

牢に続く廊下はもう進み慣れているとはいえ、胸に石でも乗っているような重々しいその空気は好きにはなれなくて、自然と息が苦しくなっていく。


「まるでもぬけの殻だぜ...アヤ。どんな警備体制の支部だよ」

「今頃、一般兵の皆さんは街にいっているのでしょうね...民衆から感謝されているだろうルフィさんたちを、野放しにする訳にはいきませんから。救って貰ったとはいえ、海軍の体裁を守らねばなりませんし」

「体裁ねえ...海軍ってのはどこもそうだな」

「...私達がこの海の秩序でなければならない以上、それは必要なことなのでしょう。私達が人から信じてもらえる正義でなくなった時、それは世界を揺るがす事態になりかねません」

「......アヤお前、将校みたいなこと言うようになったな」

「...アーニャではないですからね、今の私は」


ジャスミンちゃんの皮肉混じりの言葉に苦く笑って前を向き直す。


「まあともかく、今は私たちは私達の仕事を成せば問題はないでしょう」


言い切って、一つの牢獄の前で足を止める。

薄暗い中であっても、格子の向こうに大きな人影が倒れていることが確認できる。


「...モーガンさん、ご無事でしょうか」

「...、アヤ部長か...」

「...どうやら意識は戻っていらっしゃるようですね...その様子では、身体はまだ動かないようですが」


手酷い報いを受けたようですね、と言葉を続ければ、ご立派な皮肉を言うようになったもんだ、と憎々しげな声が返ってきた。


「部下だけかと思っていたが...アンタ、いつからこの街にきていた...」

「不躾ながら、しばらく前から姿を変えてお邪魔させていただいていました...ので、蛮行はしっかりと拝見致しました」


息を深く吐き出して、ジャスミンちゃんから大きなファイルを受け取り、開く。


「さて...モーガン大佐。そのままで結構ですので用件をお話致しましょう。定期の報告を偽り、貴方がシェルズタウン支部でしてきた事の重さをお分かりになっていますね?」

「...」

「...貴方の詳しい処分は1度本部に送検の後、追って連絡させていただくことになるでしょう。勿論、貴方の息子さんも同じくです。

それまでは貴方方に与えられた階級、権限のすべてを剥奪し、こちらで拘留という形になります。異論は認められません」

「小娘が偉そうに...」

「...偉そうなのではありません。事実として、私は私の判断で貴方を拘束できる階級を与えられているのです」


残念です、モーガン元大佐。

ぱたんと音を立てファイルを閉じて、目を伏せた。

ああ、本当に私は悲しい。

罪を犯してしまった人を見るのは、いつだって苦しい。

罪を憂いて、人を憎まず
(貴方がいつか心を入れ替えてくださることを、私はただ望みます)

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