トラモントの魔法
「今日は何を作ってくれるんだい?」
「そうね…最近冷えてきたし、ニョッキのクリーム煮にしようかな」
「いいね、美味しそうだ。もっとも、君の料理はどれ一つとっても最高だけどね」
「お世辞がすぎるわ」
マーケットの紙袋を両手に抱えて持ってくれているメローネにふふ、と笑いながら、日が傾きだした通りを、ヴェスパを押しながら歩く。
「最近日が傾くのも早くなってきたわね…そろそろ夏も終わりかな…」
「もう終わりか、残念だなあ」
「メローネもそういう思いに駆られたりするのね」
「そりゃあね。君の数少ない肌の露出が多くなる時期を楽しめなくなるのは寂しいだろ?」
「それ同意すると思ってるの?」
分かっていたが、メローネにメランコリックな回答を期待した私がバカだった。
道や建物が血の色になりそうだなあとか、けらけら笑うメローネを思わず小突く。
「変なたとえやめてよね!もっと素敵なこと言えないの?」
「そうだなあ…じゃあ1日で1番世界が美しい時間帯がこの夕と夜が切り替わる時間帯だって知ってるかい?」
「え、そうなの?」
「そうだよ。世界が薄明になって全てが黄金に輝く数十分をトラモントっていうんだぜ」
この数十分が終わると、あっと言う間に暗くなる、と言って上を見上げたメローネにならって、見上げれば、確かに建物や街路樹が、空や風景にとけるように輝いている。
いつも見慣れている街並みのはずなのに、なんだかすごく幻想的で、美しく見える気がする。
「…1日で1番世界が美しい時間帯か…なんだ、素敵な話できるんじゃない」
「そう?俺にしてみれば、ラウラが俺の視界にいる時間の方がトラモントよりもずっと世界が美しい時間なんだけどね」
「!」
「俺の世界で1番美しいのは君だからな…?どうかした?」
するっとなんでもなく当たり前のように言われたまっとうな甘いセリフにばっとメローネを見上げれば、不思議そうな顔。
「っ…いきなりずるい…!」
「なにがだい?俺はごく当たり前のことを言っただけだぜ?」
「っもう!もう!!」
いつも変なことしかしないし言わないくせに、時たまこうやって、私を当たり前のように素で褒めちぎるし、イタリア男を出してくるのをやめてほしい。
胸がきゅうっとして、どうしたらいいかわからな いから。
「なんで怒ってるの?」
「怒ってないよ!」
「ふーん?…ならそろそろ帰ろうか。魔法の時間も終わりだから、ここからは暗くなるだけだしさ」
「………うん」
「…なんだか変だなあ今日のラウラは、ちょっと俺にときめいちゃった?」
「…そうかも」
「!?」
見たことないくらい驚いて、紙袋からりんごを落としたメローネの顔に、少しだけ彼のことが好きになった気がした。
end
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