茨と椿
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「ほらほら、右だよ〜」


「くっ…!」



ひらりひらりと、僕の刀を交わす


その動きには、素早さなどない、軽やかで緩慢な動き


それはまるで、花の上で遊ぶ胡蝶のような



「(僕の方が確実に早いはずなのになんで当たらない…ッ)」


「少しは頭を使ったらどうだい?馬鹿の一つ覚えみたいな戦い方じゃ勝てないよ」


「(むっ)僕は…馬鹿なんかじゃないですッ」(ガキンッ


「よっ、と」(ひょい


「!う、わっ!?」



渾身の一降りを加えれば力ごと受け流され、地面にたたき付けられた


あの細腕で、なんでそんなことができるんだ


たたき付けられガンガンと痛む頭に泣きそうになりながら立ち上がり、もう一度刀を構える


今すぐにでも逃げ出したいそんな僕の目の前で


彼女はこの戦場でただ一人、笑っていた


真昼の太陽のようないつもの笑顔でなく、陰りのある夕暮れの太陽のような笑顔で



「弱い…恐れられた幕府の処刑人も、質が落ちたものだねぇ、雪通ちゃん」


「っ僕は弱くない!」


「弱くない?あははは、面白い冗談だ。刀すらない小生にも勝てないくせに」



ここは戦場で、これは国盗合戦だよ。



「殺意どころか気迫すらない刀が、殺意に満ちた戦場で生きてきた小生に通じるとでも?」


「っ…僕は、罪人の首を落とすためにいるんで戦場は…」


「…ああ、そうやって言い訳を壁にして弱い自分を護るんだね」


「!」


「弱い自分が可愛くて仕方ないんだね」



傷つけるのは嫌


傷つけられるのはもっと嫌


悲しみからは目を逸らし


苦しみからは逃げ出す



「なにも見ようとせず、なにも聞こうとせず、なにも言わず…自分で考えることをやめ


天上の馬鹿共の道具になりさがった哀れな人斬り包丁…」



可哀相な椿のお姫様ですこと


そう馬鹿にしたように呟かれた次の瞬間、朔夜さんが息が交わるほど近くにいた


その表情からは先ほどまで微かにあった暖かさが消えていて


ふさりとした長い睫毛の下から冬の湖を思わせる冷たく澄んだ瞳が覗く



「っ!?」


「隙あり…」



ふうっ


妖艶にだが冷たく笑った朔夜さんの吐き出した煙りが視界を覆う



「!?ごほっ…!」


「軽い毒さ、安心しな。それより…なんとなく生きてるだけの覚悟も意思もない

そんな人間が小生の相手をするなんて…馬鹿にするな」



こっちはいつも必死で真剣に、ずっと生きてきてんだよ。



「なのに卿…いや、貴様の態度は、その全てを否定し侮辱するものだ。小生が命をかけて戦う価値もない」


「!なっ…」


「戦場から消えて。目障りだから」



ーー茨と椿ーー
(…それに、卿がまず戦うべきはここじゃないだろう?)



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