青春マリンブルー | ナノ


▽ 20


「ネメシス…お前がこうもすんなり昇進を受けるとはな」

「失礼ですねコング元帥。昇進したくない人間なんていないでしょうよ」


にっこりとしたまま返せば、訝しげな顔をされた。


「…ならいいが、今日からお前は海軍最高戦力、大将『闇鬼』だ。自覚を持ってしっかり頼むぞ」

「嫌な二つ名ですね…ま、よろしくお願いします」


カッと靴を鳴らして姿勢を正し、敬礼を返す。

揺れるコートの漆黒の袖が、それからは私のカラーになった。


***


「よくやったな、ネメシス」

「ありがとうございます、ゼファー先生」


嬉しそうな顔で、いつものシェリー酒を煽るゼファー先生を横目に私も同じ酒を傾ける。

クザンが知り合い連中で祝い酒でもしようと言い出したおかげね。

飲むのに都合が良かっただけでしょうけど、先生も呼んだなら満点だわ。


「あの問題児だったお前が…大将か」

「うふふ、実力はありましたからね」

「へっ…相変わらず不遜な口叩きやがって」


笑顔でくしゃりと頭を撫でられて、細めている目をさらに細くする。

すると、後ろから知ったタバコの匂いがし、頭や背中にのしかかるような重み。


「…ボルサリーノ先輩、重い。そして空気読めないんですか」

「空気読んだ結果だよォ〜…先生ェ〜お久しぶりですねェ〜」


だるーんと私にのしかかったままゼファー先生と会話を始めやがったボルサリーノ先輩。

あとで悪ふざけで誰かが買ってきてたスピリタス飲ませよう。発火するかぶっ倒れたらいいわ。

無理やり先輩を振り払って、空になったお酒のグラスを片手に仕方なくその場を離れる。


「よ、もう先生と話さなくていいの?」

「ボルサリーノ先輩の見事な嫌がらせによって邪魔されたのよ」

「あー…御愁傷様」

「いいわ。あとで先輩にはスピリタス飲ませるから」

「(逃げて先輩)…とりあえずなんか注ぐか?」

「お願いするわ」


声をかけてきたクザン隣に座り込みグラスを差し出せば、とくとくと赤いワインが注がれた。


「…クザンのくせにおしゃれなお酒飲んでるわね」

「くせにってなによ。折角手に入ったロマナワイン分けてやったのに」

「あら…随分いいワイン手に入れたわね」


ロマナワインと言えば、貴族もその味と香りに惚れ込む西の海の名酒だ。

道理で、いつもの安いワインより香り高い。


「遠征で向こう行った時、たまたま卸されててね」

「ふうん……あら、美味しい」


血よりも深い赤は、よほど丁寧に作られたんだろう、芳醇な味がする。


「でしょ?生きてる数少ない同期の昇進だからこれ開けてやったのよ」

「気が利きすぎてて怖いわ。さすがモテる男は違うわねェ」

「惚れてもいいのよ。ごめんだけど」

「こっちこそ生理的に無理だわ」


辛辣な会話に花を咲かせていると、大きな影ができた。

見上げるといつもより眉間のシワが2、3割増のサカズキ先輩が焼酎瓶を片手に立っていた。


「…サカズキ先輩なに景気悪い顔してるんですか」

「…お前が…上官になるのが気に食わん」

「それはコング元帥たちに言ってくださいよ」


こんな日まで喧嘩しにきたのか、と再び背を向ければいきなり日本の腕が後ろから伸びてきて、身体を抱きしめられた。

絶対に普段ならありえないことに、身体が硬直する。

周りに目だけで助けを求めれば、こちらを見た連中は驚きからか大半が酒を吹き出してた。使えそうにない。


「…先輩なにしてんですか?セクハラですか?殺しますよ」

「…お前は…身体だけならただの女じゃのに…何故そんなに強いんじゃ…おかしい…」

「その言い方よしてくださいません?」


すりすりと顔を肩口に埋めてくるこの先輩。

確実に酔っているだけなんだろうけど、きもい。


「さ、サカズキィィ!!!お前ッネメシスとそういう関係に…ッ」

「ガープ中将、ややこしいんで黙っててください……先輩も離れてください暑苦しい」


振り払おうと体をよじれば、至近距離にサカズキ先輩の顔。

案外整っている顔は珍しく真っ赤だった。誰だ、この人をここまで酔わせたのは……あ、ボルサリーノ先輩か。あとで殺そう。

サカズキ先輩の後方に、にやにやした顔が見え、すぐに元凶は理解した。

しかし、今はとりあえず現状をなんとかしなければ。


「…ネメシス…」

「なんです…っ!?」


真っ赤な顔が近づいてくるのを見て、これはまずいとカッと目を開き、迷わず硬い腹に肘鉄を渾身の力で入れた。

後ろで崩れ落ちた巨体に安心する。


「誰かタンレイ先輩のところにこの人持ってって」

「お前…容赦ねぇな」

「いくら上官になる女が美しいからって酔った勢いで手を出すからよ」


全く…おもわず開眼しちゃったじゃない。


「案外目はぱっちりさんなんだねェ、ネメシスちゃん」

「ボルサリーノ先輩、貴方は何も言わずにくたばってください」

「酷いなあ」

「酷いのは貴方ですから」


翌日、全て覚えていたらしいサカズキ先輩が部屋から出て来なかったのは言うまでもない。



大将就任

(先輩、そんな気にしてないんで出てきてくださいよー)
(うるさい!こんなときだけ気にかけるなァ!!)

prev / next

[ back to top ]