▽ 18
「ぐ、ぅっ…」
首が鎖で締まり、息が詰まる。
ただでさえ、体内からせり上がった血で息がしにくいと言うのに。
「ネメシス中将、俺達はあんたに用があると言ってるんだ。あんたが一人で南の海岸にきたらサカズキ中将は丁重に返却しよう」
『ちょ、ぶふぅ!ボルサリーノ先輩今の聞きました?サカズキ先輩まるっきり囚われのお姫様なんですけど、ぶっふぁ!』
「(ここでわしが死ぬとしてもその前にあいつだけは必ずぶっ殺す)」
電伝虫を通してさっきから聞こえてくる盛大に吹き出したネメシスの笑い声に
なぜあの馬鹿を捕らえたなどという虚言に自分は振り回されたのかと自問自答を繰り返す。
ネメシスの阿呆が、こいつら程度に捕まるわけがなかった。
冷静に考えれば当たり前だったというのに、熱に浮かされたように頭が回らなかった自分はあいつ以上の馬鹿か。
海楼石の鎖で力の入らない体のまま、電伝虫を睨みつける。
電話先のやつにこの感情まで届くように
「ネメシス!お前がきたら俺がぶち殺すけェ死にたくなきゃあ来るなよ!」
『なんですか、まるで助けにきて欲しいみたいですよ?サカズキ姫』
「誰が姫じゃたわけ!他人に殺される時までお前の顔が見たいわけあるかァ」
『あら、私とそこは同意見ですか。私もご免ですよ。だって貴方のことーー』
遮るように真横にあった廃屋の石造りの壁が吹き飛んで、外の光が差し込む。
受話器を掴んだまま、がらりと足元の瓦礫を蹴って入ってきたのは、見た目だけは美麗な横顔。
花の咲くようなだとか、輝かんばかりの笑顔には程遠い、激しい狂気を孕んだ笑み。
「…貴方のこと、殺してやるのは私の仕事ですもの」
だから、勝手に殺されようとしないでくれません?
色気もクソもない、だがぶれないセリフに、血でべたつく口元が緩む。
「お前を殺すまで死んでたまるか」
「できるんですか?囚われのごついプリンセスに」
「…お前、いい加減そのふざけた呼び方やめんと喉笛噛み切るぞ」
「せっかく来てあげたのに酷い言い草ですね先輩。見殺しにしたら良かった」
「来るなと言っただろ」
「来て欲しそうに聞こえたんで」
…ふざけたことを、と続けて口を開こうとすれば、吹き込んだ冷気と一緒にネメシスの肩を後ろから掴んだクザン。
…クザンときたのか。ならボルサリーノもいるな……一人で来るわけないのはわかっていたぞ、最初から。
期待などする方がおかしい。女じゃあるまいし。
「サカズキ無事なら、早くやる事終わらせない?」
「あら、クザンに言われるなんて」
「帰って寝たいんだよね、俺」
「わかったあれね。新しいエロ本気になるのね。だから行く前に読んできなさいって言ったじゃない」
「なんでお前は俺のエロ本事情に詳しいの??やめて勝手に見るのほんとやめて」
「…くだらん話はいい。手錠と鎖の鍵をさっさとよこせ」
わいわいと空気に似合わない話題で勝手に盛り上がる二人に声をかければ、軽い了解の返事。
つくづく舐めくさっとるなこいつら。
「まあとりあえず、外の奴らは今頃ボルサリーノ先輩にやられてるだろうなんで、おとなしく鍵をよこして投降しなさい三下。
解放されたこの人に痛い目あわされたくないでしょ?」
「今のお前がやるノリじゃなかった?」
「今日生理で力がでないの」
「石壁蹴り破った奴の言うことじゃないよね」
気怠げな会話に向こうもしびれを切らして飛び掛かってきたが、ネメシスとクザンの前では意味もなく沈む。
「全く…余計な体力使わせないでほしいわ。ほら、クザンそいつら剥いて鍵探して」
「なんで俺なのよ」
「人の服、剥き慣れてるかなって」
「お前が俺をどう思ってんのかよくわかったわ」
ぶちぶち言いながら鍵を探し出したクザンを横目に、笑顔を崩さないネメシスの横顔を見る。
「…?なんですか、先輩」
「…お前は俺が嫌いだろうに、本当に…なぜきたんだ」
「…確かに殺したいくらい嫌いでも、私は身内置いてくほど冷酷な人間になったつもりもないんで」
それだけですよ、となんでもないようにするりと答えるネメシスに、少しばかりあっけにとられる。
これでは聞いたこちらが子供のようだ。
「さあ、とっとと帰りますよ先輩。タンレイ先輩に看病でもされてくださいな」
「…面倒くさいのがまだいたな」
任務終了(ネメシス、言いたいことは山ほどあるがご苦労だったな)
(珍しいですね、お小言より先にねぎらいとは)
(あの馬鹿三人をよく御して任務を遂行させたからな…)
(…今回の任務の本当の目的はそっちですか)
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