青春マリンブルー | ナノ


▽ 12


「あー…もういや」


くだらない上からの要請の書類や、部下からまわってきたハンコを押すだけの書類に頭が痛くなってきた。


「准将、仕事を放棄しないでください。昇進も近いのですから」

「……わかってるわ。必要な仕事はやってる」


自由にやるだけの地位がいるのは確かだから、これでも耐えてる。


「…だいたい世界貴族の護衛なんか、知ったこっちゃないのよ」

「…准将、お言葉をお控えください」

「うるさい」


奴らは好かない。

元々、血の高貴さだけをかさに着た下衆な連中と知っていたから好きではなかったが

一度、興味があるからと呼び出された時を忘れない。

奴隷をそばに従えて、しかも私にまで頭を垂れて靴を舐めることまで強要してきた。

虫唾のあまり蹴り殺さなかった私を、いっそ褒めてほしいくらいの出来事だったわ。

…いや、違うわ。逆よ、蹴り殺すべきだった。

立場とか、私に必要なものを得ることを、私の頭は勝手に計算して、虫唾の走る悪から目を背けた。

海軍に入って階位を駆け上がるたびに、私の求めた正義を実行する私がいなくなっていきそうな気がする。

ネメシス、あなたが海軍に入ったのは、こんな汚らしい正義のためじゃなかったはずよ。

誰にも気づかれないように暴虐無人な態度は貫くけど、自分が焦ってるのがよくわかる。

逆に言えば、自分しかこの焦りがわからない事実が恐ろしく思う。


「……すこし休憩してくるわ」

「!仕事は?!」

「おいといて。帰ってきたらやるから」


壁にかけていた正義のコートを羽織り、執務室を出た。

考えるのが嫌になったときは、やっぱり身体を動かすのが1番よね。


***


「嵐脚!!」


ビリビリと気流を刃に変えて放てば、訓練場の的はすぐに真っ二つになった。

でも、いつもより切れ目が荒いのに気づいて、舌打ち。


「………最悪…(目指した世界は、やっぱりここにはないの?)」

「どうした?らしくない、雑な切れ目だな」

「!……あら、ゼファー先生」


久々に聞く声に振り返れば、相変わらずのゼファー先生。

久々に見る姿に、悩みも飛び、少しだけ心が踊った。


「お前ら四人が中将に昇進するときいてな、様子を見に来たんだが…なにかあったか?」

「いえ…たまたま、少し軸がずれただけです」

「…それ自体も、お前には珍しいが」

「買いかぶりすぎですね。私もミスをしますよ」


いつもの笑みを貼り付け、壊した的を片付けようとすると、腕を掴まれた。


「!…なんです?」

「何を迷ってる」

「別に。迷いがあるとすれば、今日の夕飯を肉にするか魚にするかですかね」

「…ネメシス」

「…先生。女を暴くのは、無粋な男のすることだとは思いません?」


ゼファー先生の視線に笑顔を貫けば、先生は諦めたように腕から手を離してくれた。


「…何かあるなら言うんだぞ?お前は心身全て強いが、その分中身が複雑だからな」

「単純実直思考は、サカズキ先輩で足りてるでしょう」

「その減らず口も気をつけろよ」

「…、努力しますよ」


『先生は、海軍の正義は公平だといえますか?』


仕方なさげに笑って、私の頭に手を置いた先生の温もりに、少しだけ漏らしかけた言葉を飲み込んだ。


「…それじゃあ、今日の晩飯は肉か魚どっちがいい」

「?まだ決めてませんね」

「…なら仕事終わりまでに決めとけ、奢ってやる」

「え、本当ですか?」

「食べる分の加減はしろよ」


この人のような、人肌の優しさがまだこの場所にあるのなら、期待を捨てずにいられる。

判決を下すのはまだ早い。

まだ今は、ここの正義に身を寄せていよう。



期待と現実

(で、なんでクザンや先輩たちもいるのかしら)
(ゼファー先生が来いっていうから)
(クザンは百歩譲っても、先輩たちと食べるとメシマズです)
(喧嘩を売ってるんだな表に出ろ)
(は?出るなら一人で出たらいかがです?)

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