▽ 11
部下を持つ立場になってから思う。
本部を長い間離れないといけない遠征任務は、面倒くさいと。
実力があるというのも、なかなか仕事が増えて困るわね。
他の島にいくこと自体は嫌いではないけど、その間、任務やたくさんの人間のことに拘束されるのがとてもだるい。
「(今日はこの島に停泊…マリンフォードまであと3、4日ってところかしら…)」
予定通りの順調な航行をしているとはいえ、本部に戻るにはまだ日付がかかる事実に、ふうと息を吐いた。
飲みにでもでようかしら。
どうせ私の軍艦が停泊する島に、よほどの馬鹿と自信家以外の悪党がくることはないし。
そう決めて、机の上の、マリンフォードへのエターナルポースをバッグにしまってから立ち上がり、軍艦を降りるために甲板にむかった。
***
「マスター、シェリー酒を」
どうせプライベート。
重苦しさと必要ない戦闘を呼び起こす正義のコートは背負わず、街の裏通りにあったバーのカウンター席で何杯目かの酒を傾ける。
すると、同じ年頃の赤茶の髪の女が近づいてきた。
顔には、クザンがタイプだと騒いでいたから見覚えがあった。
でも敵意はなさそうだから、こちらからはつっこまない。
私は飲みにきたわけだし。
「隣、いいかしら?」
「ええ、構わないわよ」
「ありがとう」
猫を思わすようにしなやかな女の腰が、隣の椅子に落ちつくのを横目に、静かにまたグラスを傾けた。
***
「…プライベートは仕事をしないって本当ね、准将殿」
しばらくの静寂の中、彼女は空にしたグラスを置いて口を開いた。
やっぱりわかっててきてたのね。さすがは名高い魔女の飼い猫。
強い意志が封じられた、オレンジの猫目をにっこりとしたまま見つめ返す。
「貴女から敵意を感じなかったから放置したんだけど…わざわざ喧嘩をふっかけにきたのかしら
賞金首の『魔獣』ガードレッド・ハナンナさん?」
「…違うわ准将殿。私は、マザーから貴女へのメッセージを預かってきただけ」
「…魔女さんから?」
刹那、肌を割いて射抜くような鋭い嫌悪と殺意。
ああ、失言だったわ。
彼女の娘と名乗る組員たちは皆、彼女らには愛しい肉親と変わりない彼女につけられた
遥か過去から世界に忌み嫌われた、その呼び名を嫌っているのだった。
「…失礼したわ。アルナ・エレシアさんよね」
「…いいわ。貴女は話がわかるようだし、今回は許してあげる。それに、貴女へのメッセージを伝えるのが今回の私の仕事だから」
そして彼女は相変わらずの強い視線で私を見つめながら静かに語り出した。
「マザーはこう言ったわ、モンキー・D・ネメシス。Dの名の系譜を紡ぐ一人よ。
貴女は幼き日から、この世界に公平さを求めてる人間、不公平な現在の世界が許せない人間。
そして慕う父のいる海軍に入れば、望んでいた公平な裁きを実行できると信じていた人間だと」
「……海を流離う伝説の情報屋ってのも、伊達じゃないようね」
「マザーは数多の長い過去を識り、未来を探す情報屋、当然よ。そしてマザーはこうも言ったわ。
いずれ貴女は、海軍という檻に見切りをつける日が来ると」
そして彼女はキラキラと輝く、美しい庭の描かれた一枚のカードを私にくれた。
存在を聞いたことはあるが、見たのは初めて。
信頼する人間にのみ手渡されるファストパスのはず。
「…『秘密の園』への招待状…」
「…モンキー・D・ネメシス。いずれくるべき日がきたら、私の娘たちを探してこれを見せたらいい。
きっと私へ続く案内役になる…以上がマザーからの伝言よ」
「……私がこれを上に見せないという自信が?」
未来は知らないけれど、私も今は海兵よ。
そう笑えば、彼女は鋭かったオレンジの瞳を予想に反してゆるませた。
「…本当はね、信用できなければ渡さなくていいと言われてた。でも貴女を私は信じてあげる。
だって貴女、私を見捨てた海兵たちとは違う、懐柔されてない目をしてるから」
きっといつかの未来で、その招待状は役に立つわ。
彼女はカウンターにお金を置くと、するりと横を通りすぎって出ていった。
「……人の中身を見る目があるわね」
手の中のカードを、指で撫でた。
魔からの甘言(結局私は、帰ってもそのカードを誰かに見せることはなかった)
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