7輪
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アヤという存在に初めに会ったのは10年以上も昔の話だ。
主人と使用人として長く連れ添ったとは思う。今更そこになんの感情もありはしないと確信にも似た思いはあった。
それなのにアヤは今更、泣きはらしながらわしを愛しているといった。
「幼き日に、故郷に凱旋してきた貴方が忘れられなかったのです」
私の幼い初恋も、今の私の恋も全て貴方にだけ捧げました。
「お側にいられるなら、一生女中で構わなかったのに…でも、やはりダメでしたね…」
申し訳ありません。
諦めたように涙を滲ませて笑うアヤの頬に触れる。
「…何故笑う」
「え…あ、ごめんなさい…」
「謝れとはいっちょらん…お前が笑う理由がわからん…それに、お前がわしを泣くほど好く理由も」
男など、アヤの器量なら選び放題じゃろう。
それはそれで気に食わん気もするが。
そんな思考を並べたてていれば、アヤの頬に触れていた手に小さい両手が重ねられた。
「…貴方が好きな理由は、旦那様が私の世界で一番素敵な方だから…」
「!なッ…」
「それでは、好きでいた理由にはなりませんか?」
どこで覚えてきたんじゃ。
「……はあ…馬鹿な女中じゃな…」
「…すみません…必要ならばすぐに出て行きます…」
「……」
覚悟していると言わんばかりにまっすぐに見つめてくるわりには、手の震えが伝わってくる。
…本当に馬鹿な女じゃ……しかし、湧き上がる感情を認めようとはせんかったわしは、もっと馬鹿か。
「…女中は、解雇じゃな」
「……わかりました。すぐに荷物をまとめて…」
「誰が出て行けと行ったんじゃ。早とちりするな」
「え…?」
「………なんじゃ。出て行きたいんか」
「ち、違います…でも、解雇でしょう…?」
頼むからもう察しろ。
「……お前のような変わり者がこの先おるとは思えんし…仕方ないから側に置いちゃる」
「え、あ…でも、無理なさらなくても…」
何故そうなる。
「……アヤ…お前…女中を辞めてわしの嫁になれと言っちょることをわかれ!」
「え、あ、はい!!………えっ!?」
目を丸くしたアヤに、頭が痛くなる。
こういうことは苦手なんじゃ。
「……お前がワシを欲しがったんじゃろう」
「そ、そうですけど…い、いいんですか…?」
「………好きでもないもんを、わしが側に置き続けると思うちょるんか」
ふん、と鼻を鳴らして顔を背ければ、アヤが泣きながら飛びついてきた。
「サカズキさぁぁん…大好きですぅぅ…!」
「…恥ずかしくないんかおどれは…」
惜しみなく言葉にするアヤに呆れもするが、聞いてるのは悪くはないと思う。
そう思う辺り、わしの側にはアヤがおらんといけん気がする。
愛の終着地点
(いつから他人を求めるようになったかしれんが)
(間違いなくアヤの影響か)