6輪

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染み付いた旦那様の匂いと葉巻の匂いに、少しの出来心。

ほんの少しだけのつもりだった。

ほんの少し、たまに旦那様にだかれている女の人たちの気持ちになりたくてジャケットを羽織ってみた。


『(サカズキさんの匂い…)…好き…』


なのに、いざやったらとっても安心して

泣きそうなくらい、愛おしさが増してきて

くらくらしてきて、そのまま意識がなくなるのに抗えなくて、ベッドにぽすんて。

そして目が覚めたら、横に…


「だ、旦那様…!?」

「ん…あぁ…目が覚めたか…アヤ」

「な、なんで…(見られた…知られた…!)」

「それはこっちの台詞だ。わしの寝室でなにをやっとったんじゃお前は」

「ひっ!え、あ、す、すみませ…」


混乱したままもぞもぞと慌てて身体を起こし、正座してただ謝れば、ため息を吐かれた。


「謝罪はいい。何故わしのスーツのジャケットを着て、わしのベッドで寝ていたか聞いているんじゃ」

「そ、それは…」


貴方が一人の男性として、好きで好きで仕方なくてつい、なんて言えるわけもない。

まごついて俯いていると、頭をわしゃっと撫でられた。

不思議に思って顔をあげれば、真剣な眼差し。


「(ふわ…素敵…)」


その目に見られただけで全てどうでもよくなって、脳髄がとろけてしまいそうな私はもうダメなメイドかもしれない。


「だ、旦那様…」

「アヤ…」

「は、はい…っ」

「…わしとお前は主従じゃ。それ以上のお前への感情はわしには…ない」

「!………っわ、私もですよ…?」


感情を口にする前に切り捨てる言葉に、一瞬息も忘れたが、すぐに取り繕う。

だって、ずっとわかっていたことだもの。

私はこの人の女にはなれない。


「……本当か?」

「は、はい……当たり前じゃないですか…!」


私は衣食住以外、旦那様には求めません。

震える声を押さえ込んで、にっこりと微笑む。

そうすれば、珍しいことに、優しく目を細めた。

ひどいです。私はもう泣きそうなのに。

貴方は私が貴方を好きじゃないとわかって、そんななにかに安心したような顔をするんだから。

私はこんなにも貴方を…


「!…アヤ、なにを泣いとるんじゃ…」

「っえ、…!?あ、…」


指摘されて気づいた、瞳から零れていく雫。

泣いてしまうなんて、不覚。

これでは言い訳も思いつかない。

もう駄目だ。これで終わり。


「…、っ旦那様…!!」

「っ!?」


ぐっと決意して、前から思い切り抱きついた。

布越しに伝わる、なんと心地のいい体温。

目を見開いて私を凝視する、サカズキさんを見上げ、本当は、と震える声で紡ぐ。


「…本当は…私はずっと貴方様を、お慕い申し上げておりました…」


好きじゃないなんて嘘。

どうせ拒絶されるなら本心を。


「…愛しております…サカズキさん…」



メイドも人間

(貴方に抱いていたのは忠誠ではないのです)
(初めて貴方を見た日から、恋をしていましたから)

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