5輪
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「アヤ、どこだ」
日差しの眩しさに耐えつつ、屋敷の中にいるはずのアヤの姿を探す。
別に用があるわけではないが、いつもなら部屋にきて、勝手に片付けをはじめたり
わしを庭に連れ出そうとするアヤが、部屋にこなかったからじゃ。
なにかあったら主人の監督不行き届きになる。
だから別に、アヤが何をしているのか気になったわけではない。
「…まったく…」
別に奴らにこの前言われたことを気にしているわけではない。
別にあいつが不満をわしに吐いたところを見たことはないし
わしも不満にさせるようなことはした覚えはない。
出て行かなかったのが証拠だ。
だから奴らにとやかく言われる筋合いはない。
だが気になることがあるとすれば、何故アヤは衣食住以外、何も求めなかったのかということと
わしはボルサリーノに笑うアヤにイラついたのかということ。
「(…わからん)」
主人を悩ませるとは、と我ながら理不尽な苛立ちを抱えつつ、己の寝室を開ける。
使っている部屋はあとはここしか残っていないし、この部屋の掃除が長引いているのかもしれないと思ったからだ。
「アヤ、おらんのか?」
名を呼んで中に踏み込むと、ベッドの方から小さな寝息が。
近寄るとベッドの隅の方に丸まり、わしのスーツのジャケットを何故かメイド服の上から着て寝ているアヤの姿。
「!?な、っ……!!」
「すー…」
理解できない目の前の事象に、らしくもなく言葉を失った。
いつもしっかり仕事をこなすアヤが、主人であるわしのベッドの上でわしのスーツを着たまま気持ちよさそうに寝ている。
いつもならばありえない光景に、次に取るべき行動がわからん。
いや、本来なら叩き起こして叱りつけるべきところだが、それをしてはならん気がした。
「………なにをしとるんじゃこいつは…」
しかしとりあえず様子を伺うかと、隣に腰掛ける。
ぎし、とベッドがきしんだが起きる様子もなく、相変わらず寝こけている。
子供かと思いながら、頬にかかっている髪を払ってやれば、身じろぎしてすり寄ってきた。
主人と使用人の一線をいつも守っているアヤの見慣れない姿に
もしこのまま起きたらどんな顔をするだろうかとふと思い立つ。
「…(どうせ起きたら問い詰めねばならんし…)」
罰がわりじゃ。
そう自分を納得させ、起こさないよう抱きかかえてベッドの中にアヤをいれ、その横に入る。
「…(近い)」
人と添い寝をすること自体あまり慣れていないからか、やってから少しばかり後悔した。
らしくないことをしているからか、変に緊張する。
相手はいつも見ている女中のアヤだというのに。
こんな近いことが普段ないからか。
アヤはいつもわしに一線を引き、一定の距離を置く。
それはたしかに楽だが、どこか不満があったように思う。
本当はわしは、もっとアヤと近い仲に…?
「……(…そんな馬鹿なことあるはずないな…)」
家女中のアヤだぞ、相手は。
アヤもわしにそんな感情を抱くわけがないと思いながら、目の前のアヤの顔に触れる。
餅のような柔らかさと温もりのある肌に、微睡む。
「……疲れてるだけじゃ、わしは」
忠誠と色恋
(姿がないと不安だの、恋しいなどあるはずもない)
(所有物がなくなった気がしただけじゃ)