3輪
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「旦那様、お花が…あら…」
「…」
いつものように花を活け直して部屋に入ると、机に頬杖をついたまま浅く寝息を立てる珍しい姿の旦那様がいた。
「(…暖かさと単純作業で眠くなってしまわれたんですね…)」
目を閉じたままの旦那様に物音を立てないように近づき、失礼ながらもお顔を見つめる。
深いしわの刻まれた、軍人さんらしい厳しいお顔も寝ている時は少しゆるんでいて
それが、たまらなく愛おしいのです。
「(…旦那様、やっぱりかっこいい…)」
起こさないように、少しだけ吐息をもらす。
こんなに魅力的な方なのに、わかってくれる方は少ない。
私は齢25になりますが、16の時からお側でお仕えしているので、それなりに旦那様を見てきたつもりです。
旦那様であるサカズキさんは、『赤犬』と呼ばれる軍のお偉い方で、公私ともに厳しく、とても不器用な方。
仕えた時から難しい方ではありましたが、数ヶ月前に軍の前線から退かされてから、ますます捻くれた風になり、こもりがちに。
そのせいか、他にいた使用人の方々も付き合いきれないと辞めていってしまわれました。
でも仕事が好きな旦那様が、一番自分の現実に苦しんでいるのを私は知っています。
だから私は家女中として、今日もせめて少しでも旦那様が心穏やかにすごせるように
家の中を綺麗にして、お茶や食事の準備をして、庭の花の手入れに精を出すのです。
無骨な見た目と裏腹に、機嫌がすぐにかわる繊細な旦那様を癒せる助けになれるように。
なによりも、この人を愛しているから。
「…サカズキさん…」
ぽつり、と不躾に名前を呟くとぴくりと旦那様の身体が動いた。
すっと鋭い目が開くのを見て、慌てて花瓶を抱えて、いすまいを正す。
名前を呼んだのを聞かれてないことを祈る。
きっとメイドあるまじき私の心を知られたら、追い出されてしまうから。
「…寝ていたようじゃな…」
「ふふ、お疲れだったのでしょう…おはようございます」
「ああ…それより何のようじゃ」
「私は、お部屋に花を飾りに」
花瓶を少しかかげて微笑んでみせれば、そうかと短い返答と共に頭をなでられる。
国のために誰のかもわからない血に濡れた手だと解していても、触れてもらえるだけで幸福感に胸がいっぱいになる。
「…アヤ、花を飾ったらコーヒーを」
「わかりました。すぐにお持ちいたします」
花瓶を定位置に置いて、スカートの裾をつまんで腰を折った。
私が仕える旦那様
(女じゃなくていい。家女中としてでも貴方を癒すことができるなら)