1輪
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昼間でも少し仄暗いお屋敷の静かな廊下を歩いて、最奥の部屋の扉を叩き、中に入る。
窓を閉ざしたままの分厚い紅いカーテンの隙間から、春らしい木漏れ日が差し込むのを横目に明かりをつけ
大きなベッドの中に隠れている身体をゆさぶる。
「旦那様、朝ですよ。ベッドから出てくださいな」
「…やかましい」
「はいはいごめんなさい。それより朝食ができていますから食卓へ」
「…和食以外は食わん」
「ちゃんと和食でご用意しております」
そういってシーツの上からなでれば、シーツの中から私が仕えている旦那様が相変わらずしかめた顔で姿を見せた。
この私の仕える旦那様は、このお屋敷に住むたった一人の家主。
私はこのお屋敷に仕える、たった一人の住み込みの家女中(ハウスメイド)。
館には私たち2人だけ。
本当はもっといたのですが、旦那様が昔以上にむずかしくなってしまってから、皆辞めていってしまいました。
何故私は残っているのかですって?
それは…
「旦那様、今日は暖かいですし、庭で日差しを浴びてはいかがですか?」
「わしは草花ではないからいらん」
「人間にも光は必要なんですよ、それに庭のひなげしが蕾をつけていましたから御覧になっては…」
「……時間があればいく」
「…わかりました旦那様」
必ずきてくれるのがわかってる。
だから私は一人になってもこの人に仕えるのです。
不器用で難しくて、ほうっておけない旦那様のお力になりたいと願うから。
朝の風景
(旦那様、今日の午後のお茶は何がよろしいですか?)
(…抹茶)
(はい。お任せくださいませ)