「帰ったぞ、アヤ」
「!おかえりなさい、サカズキさん」
湯気を立たせだした豚汁の火を止めて、リビングに入ってきた、私の養父で警察官のサカズキさんを出迎える。
「ちょうどよかった。夕ご飯できたところですよ」
「そうか…今日はなんだ?」
「まだ寒いので、豚汁にしてみました。なんでも明後日は大雪が降るとか…あ、先にご飯にします?それともお風呂にします?」
サカズキさんから、私の腕には大きいスーツジャケットを受け取り
ハンガーにかけながら訊けば、先に夕飯をと言われたので、一つだけ笑顔で頷いて、準備のためにキッチンへ戻った。
***
「…」
「…アヤ、最近はどうじゃ?」
かちゃかちゃと、互いに食器を小さく鳴らしつつ食べ進めるだけの静かな時間を裂くように.、赤犬さんが言葉を投げかけてきた。
サカズキさんは忙しいのに、たまにこうして近況を聞いてくる。
あまり喋らない人だし、不器用だから気を配るのは苦手な人なのに、養父として私を大切にしてくれようとしている。
だから心配とかはかけたくなくて、楽しい話だけをする。
学校のことや、友達のこと。それからバイト先でのこと。
「そういえば…最近バイト先でよく話す常連の方ができたんです」
「…そうなのか?」
「はい。レジ越しの短い会話なんですけど…サカズキさんよりもうちょっと年上かなくらいのおじ様で、いい人なんです。
見た目は黄色いサングラスに、黄色いジャージで…ヤクザさんかなと思うんですけどね」
「………黄色?」
「はい。私は黄色のおじ様って心の中で呼んでるんですけど、いつも新聞と缶コーヒーを買って行く方なんです」
「…………………(まさか…)」
「それで……、サカズキさん?」
黙り込んでしまったサカズキさんを不思議に思って呼べば、なんでもない、とかえされた。
「……そいつには警戒しちょれ」
「え、ヤクザさんなんですか…?やっぱり」
「……そうじゃ」
「…わかりました。気をつけます」
やっぱりヤクザさんなんだ…そう思うと、何故だか少し落ち込んだ。
それだけ私は、名前すら知らないあの人に心を許しだしていたのかもしれない。
「(少し前まで、ただのお客様だったのに…おかしいな)」
新聞と缶コーヒーを毎朝買うことしか知らないあの人が今なにをしてるのか、少し気になった。
インクが詰まると心も詰まる
(黄色のおじ様と話せなくなったら、平坦で不安な日常に戻るのかな)