「海軍ごっこしにいこうぜ!」

「やるやる!」

「ふふ…あまり乱暴はだめですよ」

「違うよママ先生!今日は悪い奴らを探しにパトロールに行くんだ!」

「あらあら、立派ですね。でもおやつの時間までには帰って来るんですよ、補給は大事ですからね」


元気のいいはいという返事を聞きながら、お菓子作りに戻る。

私の孤児院はマリンフォードにあるためか、たまに海軍の皆さんが来てくれるためか、将来海兵になりたいという子が多い。

実際、キールちゃんやミンツェ君、フギン君なんかも海軍本部に入り、それぞれの道を歩き出している。

私はその道を複雑に思えこそ、本人たちの希望だからと止めはしない。

この場所は、自分の人生を選択させてあげるために作った場所でもあるのだから

海軍でも、一般の職でも、なりたいものになってくれたらいいと考えている。

…ただ、1人の子を除いては。


「なあ、ママ先生。俺もさ、早く海軍に入りたい」

「…ヘルメス君、その話は…」

「どうして俺だけダメなの?俺だって頑張れば海兵になれるよ!」

「…貴方は折角記憶力がいいんですから、海軍より生かせる場所があると先生は思うんですよ」

「海軍だって情報伝達部があるんだろ!」

「ダメです!!」

「!」


出た部署名に思わず声を荒らげてしまった。

けれど、数年側にいて知れたヘルメス君の記憶力がいい事実がある。

その事実がある限り、私は海軍の敷居を彼のために跨がせるわけにはいかない。

私の身にもしものことがあった時、次の部長にヘルメス君がすげ替えられる可能性がある以上は。


「貴方が情報伝達部にいくことは絶対に許しません…!」

「っママ先生に決める権利ないじゃん!結局…他人だし!!」

「ッ…」

「、ぁ…」

「…他人だとしても、これだけは言えます。貴方のその記憶力の良さは、海軍にきて知られれば貴方自身を苦しめかねない」


だから私は、何を言われても貴方を海軍には入れさせません。

並べ終えたクッキー生地をオーブンに入れながら、興奮した心を落ち着かせ、もう一度穏やかに声をかけた。


「だから、海軍ではなく別の仕事を…」

「…なんだよそれ。意味分かんないよ…!」

「…ヘルメス君…」

「ッママ先生の分からず屋!もういいよ!!ママ先生なんか大嫌いだ!!」


大嫌いという言葉が頭に響き、身体が固まる。

だからキッチンから逃げるように走っていくヘルメス君の背を、見送ることしかできなかった。


「……(大嫌い…そう言われても、仕方ないですよね…)」

「おい、なんか大きな声が聞こえたが…!なんで泣いてんだアヤ…」


入ってきたジャスミンちゃんの言葉に、ほろほろと涙がこぼれ出していたことに気づく。

情けないものです。泣く権利なんてありはしないのに。


「……少し、進路相談で揉めただけですよ」


後日、遠征から帰ってきたら、ヘルメス君は仕事を見つけたからと書き置きだけを置いて、孤児院からいなくなっていた。

キールちゃんから、ニュース・クーへ行ったと聞いて、これであの子は大丈夫だと安心した。


「親の心子知らずか…大変じゃったな」

「いえ、これであの子は自分を生きれるはずですから…」

「…アヤ…お前は自分の代わりを探す気はないのか」


熱いお茶をすすり、そう言ったサカズキさんの言葉に、少し置いてから小さく頷く。


「…前部長のアハト・ラヴィーニャ部長は…他に犠牲を出さないよう半世紀、一人でこの地位に付きまとう闇と秘密を抱えてきました。

前々の部長も、さらに前の部長も、代わりを探さずに皆さん死ぬまで一人で繋いできたと聞いています。

その理由が、今ならば私にも少し分かります…だから私も、代わりの方は探しません」

「…そうか」

「…私がそう決意したことなんですから、サカズキさん。そんなしゅんとなさらないでください」

「なっ!しとらんわ!!」

「嘘。ちょっと私を引き抜いてきたこと後悔なさってたでしょう」

「ッ......」

「ふふっ、私は貴方に怒ったりしてませんよ。貴方と西の支部で出会ったのがきっかけでも、今は私が選択したことですから」

「……西の支部で、か」

「…ええ、西の支部であったから引き抜いたんでしょう?」

「…そうだな」


西の支部以前の記憶をごまかして笑えば、サカズキさんも肯定した。

サカズキさんが踏み込む気がないなら、私も自ら踏み出さないでおこうとミルクティーを口に運ぶ。

甘く程よい温度が、暗い心を覆うように喉を滑っていった。



心知らず

(…アヤ、お前がわしの考えをなんとなくわかるのは見聞色つこうとるんか)
(サカズキさん達のなら、使わなくてもなんとなくわかりますよ)

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