予期しない事件の一報が入るのはいつも突然。
「アヤ部長、防護服とガスマスクをお付けください!これ以上の島への接近は危険です」
「…わかりました。しかしとりあえず上陸して施設の確認作業をせねばなりませんね…(ミューズちゃん…)」
渡されたマスクをつけつつ、シーザーさんにより化学兵器が暴発し、有毒ガスが蔓延したパンクハザード島にいたであろう一人の少女を思った。
シーザーさんが不満を抱いていたのはなんとなく気づいてはいました。
けれど、まさかこんなことになるなんて…
「部長…リープリング・ミューズは恐らくもう…」
「…わかっています。ただ、遺体があればこんな場所においてはいけません。他の研究者の方もです。各自遺体を見つけしだい私に連絡と、遺体の回収を」
「了解です。部長はどちらに」
「私も捜索をしつつ、機密などの情報資料の回収を急ぎます。それでは全員、上陸次第早急な行動を」
「了解」
***
『…で、リープリングの遺体は見つからなかったのか?』
「…はい…あったのは吹き飛ばされた部屋だけで……」
『そうか…能力も封じられているリープリングに逃げるすべはない。部屋ごと吹き飛ばされたか』
「……おそらくは、そうかと…」
『…気を落とすな。お前が気に病むことではないだろう』
「…そうかもしれませんが、あんな小さな子を…」
『アヤ、全ては世界と正義のためだ…パンクハザードの命令通り完全閉鎖をして、早く本部に戻れ…カンパニュラがお前に会いたいという客を連れてきている』
「?…私に…?わかりました」
世界は動き続けて、悲しむ時間さえ待ってくれない。
この数年でわかりきってしまったことを、今一度思いながら、部下の皆さんにパンクハザード島の完全閉鎖の指示を出した。
***
「お待たせいたしました、カンパニュラさん」
「いいわよォ〜、お仕事忙しいんでしょうからァ〜」
数日をかけて帰ってきてすぐ、カンパニュラさんの元に向かえば、カンパニュラさんは寛いでいらした。
「それであの、お客様とは?」
「今度から魔女捜索に関して、政府の協力者になる男でねェ…」
「私のことを呼んだかな?」
そっと後ろから肩を抱かれ、驚いて横を見上げれば、涼やかなお顔をした美しい男性と目が合った。
その笑顔は、姿は、とても神秘的で綺麗なのに、濁っている赤いルビーを固めたような瞳に、ざわりと肌が粟立った。
「はじめまして…君がショウガン・アヤか」
「は、はい…」
「君に会ってみたかった…ずっと、昔からね……その深緑を患う翠の瞳を見たかった」
不思議な言葉に、思考が追いつかないでぐるぐるしていると、男性の柔らかく細い目がさらに細くなった。
「…あの、会ったことありましたっけ…?」
「…いや、ないよ。君とはない。はじめましてと言っただろう?」
「そ、そうですよね…」
会ったことがあるなら覚えているはず。
こんな不思議な雰囲気の人なら尚更。
「私の名はオーケアノス。いずれ…哀れな君とより強く繋がる日が来るだろう…それが、遥けき過去より紡がれてきた君の運命なのだからね」
「…うん、めい…?」
「ああ…それがその血に孕んだ、代価だ」
にこりと微笑んだはずのオーケアノスさんの瞳は笑ってはおらず、私は全てに疑問と不安ばかりが募る。
人魚であること以外、私に特別なものはない。
それなのに、この人は私より私のことを知っているような口ぶりで、目に見えないものを語ってくる。
怖い。こんなに人を怖いと思ったのは初めてで、身体が動かない。
人魚なのに、この人の空気に飲まれて溺れそうだ。
「あ、の…私…なんのことか…」
「…そうだろうとも。誰も君に何も教え…」
「オーケアノス殿ォ〜…それ以上訳のわからないことを言ってアヤちゃんを戸惑わせないでもらえるゥ?」
オーケアノスさんの言葉を遮るように、カンパニュラさんの間延びした声が割りいった。
「…おや、やはり政府は監視が…いや愛情が厳しいね」
「訳のわからないことを吹き込まれちゃうとォ〜困っちゃうのよねェ〜」
「ふふ…いずれ君たち政府も全てわかる日が来るだろうさ」
しかし、今はその時ではないかもしれないね。
そう言って彼は私の肩から手を離し、大げさに肩をすくめた。
「…アヤちゃん、もういいわァ〜。帰って休みなさい」
「は、はい…失礼します…」
「またいずれ、ショウガン殿…」
オーケアノスさんに無理矢理の笑顔を返し、一礼してから逃げるように部屋を後にした。
「(あの人は、何者なんでしょうか…?)」
職務に溺れる
(アヤちゃんの運命とやら是非聞きたいわねェ〜…貴方や魔女に関係あるのかしらァ?)
(ふふ…今の君たちには到底理解が及ばないだろう…いずれ知らざるをえない時がくる。君たちも、彼女自身もね)
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