新世界の海に浮かぶ、パンクハザード島。

その島の研究施設のなかにある固く閉ざされた扉を開けて、真っ白な部屋に入る。

唯一ある1組のテーブルと椅子も、気がおかしくなりそうなくらい白い。

その椅子に座る、鉛筆を握り締めスケッチブックを抱えた何よりも鮮やかな虹色の髪の毛を持つ少女に近づく。

しゃがみこんで、ぼんやりとした瞳と視線を合わせる。


「…ミューズちゃん、お久しぶりです」

「…、…」


能力が発動できないように痛々しく糸で縫いつけられているピンクの唇が、少しだけ震えるように動いたのを見て

そっと髪を撫で、奥の方に散乱している正確で美しいデッサンが描かれた紙の束を見る。

描いたのは全て10歳にも満たないこの子、リープリング・ミューズちゃん。

詳細は紙面情報でしかしりませんが、政府役人に北の海で見つけられた天性の芸術の才を持った女の子。

監視の下、この部屋に一人きりで監禁され、秘密の発明や兵器のデッサンや設計図の複写をさせられている。


「しばらく来れなくて申し訳ありませんでした…」

「う…」


謝る私の頭に手を伸ばして、撫でる動作をするこの子は純粋で優しい。

酷い仕打ちをされてきて、すっかりここの人を嫌いになって能力を乱発するようになったのも当然で、けしてこの子のせいじゃない。

素晴らしい芸術の才能に恵まれた代わりに、人より脳に発達の遅れがあるそうですが

そんなことどうでもいいくらいこの子はいい子なのに…

私では助けてあげることができない事実に、目を伏せる。


「んぅー…」

「?…なんでしょう?」


くいくいと袖を引かれ、部屋の隅のベッドに連れていかれる。

いそいそと寝転がるミューズちゃんに、望んでいるものの察しがついた。


「前に聞かせた子守唄ですか?」

「!」

「ふふ、わかりました。さあ、目を閉じてください」


目を輝かせて首を縦に振るミューズちゃんに笑いかけ、頬をなでる。

この場所から連れ出すことはできないけれど、せめて私がいられる間だけは心休まるように。


***


「シュロロロ…アヤ部長か」

「シーザーさん…お疲れ様です」


寝かしつけたミューズちゃんを名残惜しく思いながらも部屋に残し、軍艦に戻ろうと歩いているとシーザーさんと出会った。


「リープリングの相手なんざ、面倒だろう」

「いえ…そんなことありませんよ」

「相変わらず殊勝だなァ、アヤ部長」

「…他人事だと思えないだけですよ」


ゆっくりと微笑んで、それではと軽く頭を下げ、再び歩き出す。

面白くない、という言葉を背中で聞きながら、いつかなにかが変わっていくことを祈った。



芸術の愛娘

(政府は確固たる存在であるために、たくさんのものを押しつぶしすぎている)
(偽りと涙で作られた権力は長くはきっと、続かないのに)

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