閉じられた病室から聞こえてくる吠えるような叫び声と看護師の悲鳴、それからアヤの宥める声に頭が痛くなる。


「…兄ィ、あんたがいながら何ちゅう厄介なもん拾わせてきたんじゃァ。止めんか」

「できるかバカタレェ。天竜人からの申し出を断われるわけないじゃろ。大体アヤたんより俺は階級低いんじゃ…待てよ、ロリ上官か…たまらん」

「今晩の飯は兎鍋にしちゃろうか…全く、天竜人も危険なもんを押し付けおって…」


言いながら病室の扉を開けた瞬間、痛っと言うアヤの小さな声と、顔面にガラスの破片が飛んできた。

反射的にマグマになり事なきを得たが、犯人だろう目をぎらつかせる子供を睨めつける。


「…おどれがオーディヌ・フギンか…ふざけた真似をしおって…アヤ、大丈夫か」

「は、はい…」


落ち着かせるために負った引っ掻き傷や、先ほどのガラス片で少し切ったらしい痕が白い腕に見える。


「血が滲んどるな…ガキがアヤを傷もんにしおって…」

「なんじゃとォォアヤたんに傷つけるなんざ…くそ!興奮する!!」

「しばらく口を開くな兄ィ」


舌打ち混じりに後ろの兄ィに言えば、兄ィは不満そうにしつつ黙った。

視線をガキの方に向ければ、ギロッと金の目が睨み上げてきてこちらの言葉を聞くわけでもなく口汚い言葉を吐いてきた。


「お前らも奴等の仲間なんだろ!?絶対許さない!!全員殺してやる!!」

「…天竜人と同じとは心外じゃな。おどれはアヤに命を拾われたんじゃろうが…何故それがわからん」

「ッ…うるさい!!大体あんな横暴許してる方が変なんだろ!!ムニンは…妹は、何もしてなかったんだ…!!」


押さえられていた身体から力が抜け、しゃくり上げ出した。


「…大切なものを奪われた悲しみはお前らなんかにわからない!!」

「……フギン君…」

「…自分一人だけが不幸を背負ってるとでもいうような顔をするな」

「!…そんな顔してない…ッ」

「フン…このままおどれを放り出したらすぐに馬鹿をして捕らえることになりそうじゃな…アヤ、悪に堕ちんよう面倒見てやれ」

「!…勿論です」

「待て!!俺は望んでない!!」


いまだ吠える声を聞きながら、兄ィと連れ立って病室を出た。

あとはアヤの方がなんとかできるじゃろう。


***


「俺は救いなんかいらない!!ほっとけ!!」

「ッ…フギン君!!ヤケになるのもいい加減にしなさい!!今の貴方に何ができるのですか!」


振り払ってベッドから出ようとするフギン君の肩を掴み、出せる限りの力でベッドに押し倒し、覆いかぶさる。

こんなに大声、久しぶりに出した。

片目しか見えていない、驚いたような金の瞳とかち合う。

その幼い瞳に、言葉と一緒に感情と涙が溢れてくる。


「私は貴方を救ったなんて思っていません…貴方の深い絶望や悲しみは…確かに貴方にしかわからないから…!けれど、そうやって世界のすべてを突っぱねたままでは何も見えないし、何もできません…!!」

「ッ…」

「貴方が世界を憎み続けるというならそれも貴方の選んだ人生です…止めたりなんてしません。

でも、今貴方がすべきことはここを出て行くことではなく、心身の療養をして…命をつなげて…自分のこれから先を見つめることではありませんか?」


それからでも、貴方が生き延びた意味を探すのは遅くはないですよ。

そう肩を抑えていた手を離して、眉を下げて微笑めば、一拍遅れてフギン君の目から涙が溢れてきた。

徐々に、唸るように押し殺した泣き声がきこえてきて、もう無茶はしようとしないだろうと息を吐き出した。


「…フギン君、また来ますね」



手負いの獣

(…さっきのはまさか、アヤの声か?)
(驚いたな…アヤたんがあんな大きな声を出すとはのう…)

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