ぱちり。
目を開けると古い木の天井。この天井は懐かしいかもしれない。
秋風に乗って入ってくる優しい葡萄の匂いに、なんだか涙が零れだす。
すると覗き込んできたのは、あわあわと戸惑っている病気なはずなのにいつも元気なお母さん。
それから、驚いたような表情をした優しいお顔のお父さん。
「アヤ?どうしたの?あなた、アヤが泣いてるわ!?」
「落ち着くべよ、ハナ。君まで泣きそうでどうするんだべか…アヤ、怖い夢でも見たけぇ?」
「…うん、怖くて長い夢を見たの…知らない間に一人ぼっちになっちゃう夢…」
もうみたくないよ、あんな長い長い夢。
思い出すだけでさみしくて、涙が止まらないまま二人に手を伸ばした。
触れられる。そう思ったら、真っ赤に踊る炎がーー
***
ぱちり。
今度は、薄暗い夜闇の中で目が開いた。
気だるい体でぼうっと天井を眺めると、横にいた人が目にうつった。
「アヤ、起きた…?」
「…クザン、さん…」
「…泣いてたね、大丈夫?」.
そっと頬を伝っていたらしい涙を、長い指で拭われる。
「…ええ。それよりなんでここに…」
「部屋にはいったらアヤがドアの前で倒れてたから、ベッドに運んだのよ。それで泣いてたから、起きるまでいようかなって」
「…そうでしたか…ごめんなさい、遅くまでご迷惑を…」
ふぅ、と息を吐き出せば、そんなこと気にしないのと瞼にキスをされた。
「…お母さんのこと聞いたよ。残念だったね」
「……はい…でも、全然実感が湧かなくて…なんだか、不思議な気分です…」
まだ本当は生きてるんじゃないかと思ってしまう。
広がる海の続く向こうで、いつも通りに。
「…こんなの、自分の悔いや現実から目をそらしてるだけですね…ごめんなさい」
「…、…急に言われたんだから仕方ないよ」
「でも…私は、悪い子なんです…行かないでって私を引き止めたお母さんを、一人にして…」
死んだことすら知らなかった。
焼け死んだなんて、病気より苦しかったでしょう。
とことん燃え盛る真っ赤な火に、私の家族は縁があるらしい。
「…悪い子な私もいつか、火の中で灰になるんでしょうかね…」
「アヤは、そうはならないよ」
柔らかく抱きしめられて、背中をさすられる。
「大丈夫…アヤ…どんな悪夢を見たか知らないけどさ、アヤは幸せになっていい子なんだから」
ちゃんと俺が護るよ。
耳元で囁かれた言葉に、くしゃりと顔がゆがむ。
「…それは、お仕事の一つだからですか?」
「…いいや、違うよ。アヤも知ってるでしょ?俺仕事しないって」
「!、ぷっ…ふふ…信じていいんですか…?」
切り返しに思わず笑ってしまい、たまった涙を拭いながら再度問いかけをする。
そうすれば眉尻を下げて笑って、クザンさんは優しく私の身体をベッドに倒して、頬を撫でてきた。
「うん、信じて。アヤだから護るのよ、俺は」
「…わかりました、クザンさん…ちょっと落ち着きました…ありがとうございます」
きゅ、とほおを撫でてくる手を握って微笑めば、クザンさんの動きが一瞬止まる。
そしてするっと服の間から滑り込んできて、片方の胸を触りだした手に、少し驚いた。
「んっ…クザンさん急に…、『仲良し』したいんですか…?」
「うん…アヤともっと仲良くなりたいからさ…したくなっちゃったんだけど…だめ?」
胸をもまれつつ耳を舐められて、お腹の奥がきゅうっとなる感覚。
この感じも、お願いも断りきれない私は、小さく頷いた。
***
「…ん…」
「…おやすみ、アヤ」
疲れで眠ってしまったアヤの頭をなでて、いつものように形跡を消してから部屋を後にした。
悪夢を見ていた時より穏やかな寝顔になったし、多分朝にはまたいつものように笑ってるはずだ。
無理をしてるかしていないかは、別として。
「(無理は来た当初からさせてるよな…)」
世界のために、正義のために。
そう言ってアヤから全てを奪ってきたし、これからも必要とあらば奪わなきゃならない。
これから先何度泣かせて、何度欺いて笑わせることになるかわからない。
「まったく…因果な仕事だよ」
同期の二人が、嫌気がさして海軍を出ていったのも、ますますわからないではなくなりそうだ。
『私は思ったの。ここの正義はクソみたいで腐臭がするから私に合わないって』
あっさりと海軍で過ごした時間をその言葉一つで切り捨て笑顔で退役した、激しく苛烈で俺以上に気ままな同期を思い出す。
あの時は引きつった笑いしかできなかったが、今なら多少なりとも理解できる気がする。
好きになった幼い子を追い詰めることになって、ようやく。
「(…好きになるほど罪悪感もすごいな…)」
アヤが同情も好意も持てない位、本当に悪い子なら、どれだけよかったか。
むしろ今からでもアヤじゃなくて、別の誰かを探したら。
すごく自分勝手なできないことを思いながらも、アヤにはまり込んでいく自分にため息を吐き出した。
「…ごめんね、」
心は舵が効かない
(『おとうさん、おかあさん』)
(悪夢から目覚める前にあの子がそう呼んで涙を流したのを、見なければよかった)
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