あの人は誰にも本気で夢中になったりしない人だった。
だから私は誰のものにもならないなら、今のままでいいと思ってた。
ただのセフレの関係でも構わなかった。
でも、あの人は一人に夢中になってしまった。
しかも、あんな若いだけの子供に。
どんな手を使ってたらしこんだか知らないけれど、あの人を夢中にさせる女なんて、いらないわ。
「…許さないわ、ショウガン・アヤ」
薄暗い部屋。
シーツの中、片手で持てるナイフを握りしめた。
***
ぱら、ぱら…
本のページを捲る音だけが、マリンフォード内にある別宅の私室に響く。
久々ののんびりした休暇を、別宅に帰ってきて読書で満喫しているというわけだ。
やわらかな昼下がりの日差しが、窓から差し込むのを感じながら、本の最後のページを読み終わる。
「…はあ、やっぱり物語は楽しいべなあ…」
昔々、なんて書き出しから始まる、ありがちなお話。
でも夢や希望のある御伽噺は、やっぱりいくつになっても楽しい。
そう思いながら、童話や民話やらのつまった本棚に本を戻して
お茶にしようとキッチンの戸棚を漁る。
「…あら、茶葉がないべ…」
久々に帰ってきたから、切れてたの忘れてた。
買ってこないとお茶も飲めない、とバッグを手に買い出しにでかけた。
***
「アヤ部長、お疲れ様です」
「ふふ、お疲れ様」
時折かけられる言葉に返事をしながら、目的の茶葉を売る店に向かう。
すると道の先で女の人が、急に倒れたのが見えた。
驚いて慌てて近づき、そばにしゃがみこんだ
「大丈夫ですか?」
「…ええ、」
「具合でもお悪いんで…」
手を取り立たせようとした瞬間、ぎらりと鈍く光る刃先が見えた。
急所を狙うそれに、慌てて身体をずらした瞬間、腹部に鈍い痛みが走る。
「っぅ、ぐ…」
痛い、熱い。
喉の奥からせりあがって、口の端から血が零れた。
視線を落とせば、目をぎらつかせて深々と根元までナイフを突き立てたまま握りしめている女の人。
「ふふ…貴女が悪いのよ…あの人を取るから、」
ずるり、とナイフが引き抜かれ、膝から崩れ落ちる血が石畳みの道を汚す。
街の人の悲鳴が遠くに聞こえる。
「あの、人…?」
「…知らないふりしてるんじゃないわよ!あの人といったらクザンさんに決まってるでしょ!」
「?…(なんでクザンさん…?)」
話が見えないまま、再び彼女が私に血濡れのナイフを突き立てようとした時
眩しい光が見えた瞬間、大きな手が彼女の手をがしりと掴んだのがうっすらと見えた。
「君さァ…アヤちゃんに何してくれてるのかなァ」
底冷えするほど低い声に、閉じそうな瞼を開けると、黄色いスーツが見えた。
連想される人物は一人。
「ぼ、るさりーの…さん…」
「アヤちゃん、すぐに医務室つれていくからねェ…」
女の人を片手で無理やり私から引き剥がして放り捨てると、ボルサリーノさんは私を海軍コートに包むように片腕で抱きかかえてくれた。
そしてボルサリーノさんは、放り捨てられ地面に這いつくばる女の人をすごく怖い目で見た。
初めて見るくらい冷えた目に、助けられたはずなのに女の人の方が心配になる。
「…君はどこの子か知らないけどォ〜…死刑でいいよねェ〜?」
上層部の人間を殺そうとしたんだから、と私を抱えていない腕を動かし、指先を女の人に向けて光らせる。
流石にまずいと止めようとするも、血が溢れてきて、喉から声が出せない。
「っま…まって私は…!!」
「後悔ならあの世でしなよォ〜…わっしは優しくないんでねェ〜」
「ちょい待った!ボルサリーノ!!」
静止の声と同時に、ボルサリーノさんと女の人の間にクザンさんが滑り込んできた。
「んん〜…?クザンじゃねェか〜…なんでおめェが邪魔すんだよォ〜」
「いや、あんたが街中でビームぶっ放したらやばいし、この女さ…」
「クザン…!!」
クザンさんが言い終わる前に、女の人が嬉しそうに立ち上がり、クザンさんの腰あたりに抱きついた。
思わず痛みも忘れるくらいびっくりする。
「っちょっと…リリー、離れて」
「…クザン、もしかして君のセフレェ〜?」
「…、…?」
よくわからない状況に聞きなれない言葉で、ハテナばかり浮かばせていると
クザンさんがバツが悪そうな顔をして、心底冷えた視線を向けるボルサリーノさんに、この女は俺に任せて、と
私を医務室に連れて行くのを促した。
ボルサリーノさんは少し考えた風だったが、私を抱えなおして、本部へ走り出した。
「っ…は、ぁ…」
「アヤちゃん…クザンの馬鹿帰ってきたらァ殴っていいからねェ〜…」
怒りが残ったまま吐き出された言葉に、なんとなくクザンさんがなにかしたのかな、と薄れる意識のなか考えた。
やけた殺意
(…(ごめんアヤ…))
(クザン、貴方やっぱり私を選んでくれたのね!!)
(…リリー、ちょっとこっちきて)
(え?)
(アヤを刺した時点で…君をもう生かせとけないし、生かしときたくもないから)
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