「……」
真っ白な封筒を眺める。カモメのワンポイントは私のよく見知ったもの。
母の元に、私が仕送りのお金を入れて送ったはずの封筒だ。
ここのところ、ずっと送りかえされてきている。
「(病気がよくなったから、いらないってことなんだべか…)」
母ならありうる話だ。でも離れてから一度も意思を通わせてないからか、なにかあったんじゃ、という不安はぬぐいきれない。
「(…一度、故郷に帰る許可をとるべか…)」
母には謝りたいことや、話したいことがたくさんある。
それに、そろそろ互いに意地を張らずに仲直りをしないと。
「(この世界にたった二人きりの、大切な家族なんだから)」
そう心に決めて、善は急げと立ち上がりセンゴクさんの元に急いだ。
***
「…帰郷の許可を?」
「はい…仕事の書類は持っていきますし、母の様子を見たらすぐに本部に帰りますから」
手紙が最近送り返されてきていることを告げて許可をお願いすると、センゴクさんはなんとも言い難そうな苦い顔をした。
「?センゴクさん…?」
「……帰る必要はない」
「え…?なんでですか?私もう、逃げ出したりなんか…」
「…アヤ、お前には心の整理がつけられる年まで黙っているつもりだったが…言わなければならないことがある」
一息おいて、次にゆっくりと告げられた言葉に自分の目が見開かれていくのがわかる。
「お前の母…ショウガン・ハナは死んでいるんだ…一年ほど前に」
「…え、…?」
「…身体はお前の仕送りでよくなっていたらしいが…料理中に持病の発作で倒れ、そのまま火事で焼け死んだそうだ…」
発作、火事、焼け死んだ。
唐突にもたらされた信じたくない、実感の湧かない言葉が頭の中をぐるぐる回る。
理解が追いつかない。冷や汗と身体の震えが止まらない。
「アヤ、もうお前が帰ろうとしてる場所には母親も家もない…あるのは燃えた廃墟と墓標だ」
「…そ、そんな…母が…ほんとう、に…?」
にわかには信じがたい話で、一抹の希望に縋り問いかける。
センゴクさんは真実だ、と一言吐き出して、私に一冊の書類を渡してきた。
ぱらぱらとめくれば、数年しか離れてないはずなのに、ひどく懐かしく感じる土地の写真。
けれどそこに、1番懐かしむべきものは、実家はなかった。
代わりにあった写真は、全焼している家らしき焼け跡と、小さく簡素な墓標。
「………ほんと…なんにも、ないや…」
ようやく絞り出した言葉はお粗末で、でもそれだけしか言えなかった。
認めたくないと叫ぶ心と違って、私の頭は正直で物分りがいいようで。
「………よく、わかりました…帰郷のための休暇の話は…なしでいいです…」
書類をセンゴクさんに返して、生まれた空虚さを抱えたまま踵を返す。
止めるように名前を呼ばれた気がしたが、今はこれ以上人と話したくなくて、聞こえない振りをして部屋をでた。
***
自室に帰り後ろ手で扉を閉め、そのまま力が抜けたように扉づたいにずるずると崩れ落ちる。
目前にある窓から見える、作り物のように綺麗な青空をぼんやりと見ていると、音もなく目から伝う液体。
次から次へと零れ、私の視界を滲ませていった。
「(…もう、いなかったんだ…私の…お母さんは…)」
私が守りたかった、最後の家族はもうこの海が、空が続く場所のどこにもいない。
私の知らないうちに、ひっそりと泡のように消えてしまった。
何も言わせても、言ってもくれないままに。
私に、大きな後悔だけを遺して。
「…っ…おかあ、さん…」
唐突すぎて、まるで実感が湧かない母の死の事実に、私はただ壊れたように母を呼んで、涙を流すことしかできなかった。
生きていてさえくれれば
(一年も前に、母への私のそんな願いは潰えていたなんて)
(気づかなかった私は、最後まで親不孝な娘だったべな)
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