「アヤ部長、君に会わせたい者がいる」

「私に…」

「来い、九尾」

「…私に命令するのやめて」


そっと奥からでてきたのは片方のサイドだけが長い黒い髪の、同じ年くらいの女の人。

暗い黒をした目が不機嫌そうに歪んで、私を見た瞬間、すこし面白そうに細まった。

見た顔な気がする。


「…貴女が…アヤ…」

「は、はい…はじめまして、ショウガン・アヤです」

「私はキョウカだよ」


キョウカ。

その顔と名前にはやはり覚えがあった。


「…まさか…魔女の娘の『九尾のキョウカ』さんですか…?」

「…本当に物覚えがいいんだね」


たしか懸賞金をかけられていたはずだ。

あまり高くはなかったけど、魔女の娘なら重要参考人となるはず。

それなのに何故、五老星のもとにいるのか。

そんな私の疑問を汲んだのか、カンパニュラさんが答えてくれた。


「『九尾のキョウカ』は、私たちの大事なお仕事に協力する取り引きをしたのよォ〜」

「取り引き…?」

「そう…政府にとって大事な取り引きをねェ」


だから彼女は今は協力者よォ。

その言葉に、なんとなく理解して了解ですと首を縦にふる。


「さて、本題だが…ショウガン・アヤ。お前は瞬間記憶能力があるそうだな」

「え、あ、はい…」

「ならば、これを全て読んで覚えてみろ…キョウカ、それを渡せ」

「いいわ、はい」


やぶりとってきたような紙束を渡される。

目を落とせば、一枚一枚にびっしりと筆記体の手書きの文字。

否応なしに頭に入ってくる文章は、何世紀も前の日付のはずなのに、まるで見てきたような日記のようなリアルな綴り。

ぱらぱらとめくり、目を通して頭にインプットしていく。


「どうだ?」

「…え、と…頭には入りましたけど…意味はまだ…」

「意味はお前はまだ理解しなくてもいい。覚えたままに暗唱してみなさい」

「…はい、…『○月×日ーー』」


ーーこの日記をつけだしてしばらくが経った。私は相変わらず一人です。

気がおかしくなりそう。いや、もうおかしいのかもしれない。

お腹も空かないし、眠くもならない。

何度死のうとしても傷を負う前の身体に巻き戻る。

その割には傷をつけた時の痛みはハッキリしています。


「『…私が人間に戻れる日が来るのでしょうか』」


インクの滲んだ悲しげな書き出しから始まっていた文章を、覚えたまま暗唱していく。

暗唱は苦ではないし、歴史の物語のようで覚え安かった。

ただ、そのとびとびの内容の一つ一つ、語ってもいいのか悩んでしまうほどリアルで、重たく感じた。


「『ーーそれから、あの王国の出来事を…』…ここからは切れていました…以上、です」

「……本当に、一言一句間違いなく記憶できるようだな」


返した紙を見ながら聞いていた方が、他の方を見て確認するように頷きあう。

その姿と重々しい空気に、少しだけ不安を覚えた。


「あの…私なにかいけないことを…?」

「その真逆よォ…貴女は政府が求めていた素晴らしい人材だと証明出来たの〜」

「証明…?」

「ええ〜、今のはその適正の確認…五老星〜、本題に入りましょう〜?」


カンパニュラさんの言葉に五老星たちは深く頷き私を見る。


「お前にはとても重要な任務を受けてもらう…海軍の大将以上しか知らない極秘任務だ」

「は、はい…!」

「お前の記憶能力を買い、政府の極秘情報全てと…"海の魔女"アルナ・エレシアの持つ"海の記録書"の膨大な内容を記憶し保持してもらいたい」

「え…?」

「…"海の記録書"については知っているな?」

「は、はい…勿論…」


"海の記録書"といえば、死ぬことも老いることもない海の魔女が、はるか昔から書き留めて行った

世界中の情報や歴史が載っていると言われる、世界中の情報を詰めた手帳の名称。

世界政府が悪用されないように回収を望んでいる品物でもある。


「…先の紙束は、そこの九尾が奪取してきた記録書の一部だ」

「!」

「すごいでしょー?」


娘さんが持って来るなんて…裏切ったんだろうか。

ふと浮かんだ思考はすぐに続けられた言葉で遮られた。


「しかし、こうして魔女の手元から奪取できたとしても、紙媒体のままでは悪用する者に流出する可能性がある。

そこで、君の頭の中でのみ護ってもらいたい」


長いこと、全てを記憶できる人間を探していた。

その言葉に、それが私が引き抜かれた理由なんだとなんとなく悟った。

このために、私は本部に呼ばれたんだと。

恐ろしいような、背筋が寒くなる感覚がしたけれど、断ればもっと恐ろしい気がした。

だから…


「…ショウガン・アヤ、今すぐではない。ただ手に入れた時、世界の安寧のために任務を遂行できるな?」

「…それが任務だというのなら、必ず」


見えない不安感に震える心を抑えつけ、真っ直ぐに見据えた。



姿勢をただして、敬礼を

(アヤちゃんは無意識に気づいていたのかしらァ)
(期待に添えなかった時の、殺意に)

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