「…ブランニュー、アヤの様子は」

「はっ…仕事は通常通りこなしてくださってますが…やはりまだ、違和感が…」

「…そうか…」


帰ってきてから続く歪な笑顔を思い出し、息を吐き出して、立ち上がった。


***


溢れた涙が海中にとける。

白く光る鰭を抱え、底へと落ちながら、心に巡る思いを吐き出す。

海の中ならば、誰にも届いたりしないから。


「(……皆さんに心配かけてる…早く整理をつけなきゃ…)」


心のよどみをいつものように海に流して、また笑わなきゃ。


「(私は大丈夫…大丈夫…)」


言い聞かせて、ゆっくりと身体を反転させ海上に向けて泳ぐ。


「っぷは…」

「…アヤ、やはりここにいたか」


マリンフォードの船着場の波間に顔を出すと、目の前にはサカズキさんがいて、私を覗きこんでいた。


「サカズキさん…どうしたんですか?」

「…お前こそ、どうした」

「私は…泳いでいただけですよ」


笑ってそう返せば、海水に濡れた頬に触れられた。


「…アヤ、」

「はい」

「嘘はやめんか」


短い言葉に、どきりとした。


「…言いたいことがあるなら、今だけ聞いてやるけェ…わしに嘘は言うな」

「え、…」


サカズキさんからの思いも寄らない言葉に、目を見開く。


「…お前の嘘は、聞いてられん」

「……弱音、ばっかりですよ?」

「かまわん」


動揺し、震える声で呟けば抱き上げられて、水から上げられ、頭を不器用に撫でられた。

胸が苦しくて鼻がつんとしてきた。

声も、ますます震える。


「…私、…怖かったんです…誰も、きてくれなくて…」

「…」

「皆死んで…誰も、守ってくれないんだ…って」

「…そうか」


頭をなで続ける手と静かな声に、じわりと瞼も熱くなる。

頬を滑る、雫。


「でも、…一番怖かったのは…私自身です…」

「…何故じゃ」

「……何も護れない弱い自分が…バスターコールを押そうかと一瞬迷った自分が…一番、怖かった…」

「…」

「ようやく決めた正義も護れなくなりそうだった…鬼になってしまいそうだった…そんな、自分が…なによりも嫌で、怖かったんです…っ!」


ぼたぼたと零れていく雫をそのままに、胸に納めていた思いを吐き出せば、サカズキさんは私の背中をさすってきた。


「…お前は、一人でようやった…お前を責められるもんはおらん…それにお前は結果として押さなかったじゃろう」

「…っ、でも…私は…海賊を殺した時…『鬼』だった…人じゃなかったんです…」

「…仕方ないことじゃ。人のままで、悪は滅せん」

「っ…私は、そうなりたくなかったのです…」


自分の決めたばかりの、正義を裏切る過ちを犯した。

「二度と、自分を…護るべき人を裏切りません…」


そうこぼせば、少し身体を離した赤犬さんが真っ直ぐな目で私を見据えた。


「鬼になることで裏切りになる…お前の正義は、一体なんなんじゃ?」

「…裁く相手も、守る相手も…全ての人と、人として向き合い、人として慈愛を注ぎ続ける…慈愛ある正義…」

「…あんな目にあって尚、今は揺るがないのか」

「島の時は、ゆるぎました…けれど、それでもやっぱり…人同士の慈愛を忘れず己の正義を遂行するのが、私の正義なんです…」


憎しみも無関心も、注ぐ愛に変えて

裁く時も護る時も、深く慈しむ。


「…それはお前が苦しむだけじゃ、甘っちょろい…」

「…それでも私は、愛するより憎むようになることが怖いんです」

「…勝手にせい」

「…はい…でも今は、もう少しだけ…泣かせてください」


サカズキさんの太い首に腕を回しすがりつくと、背に回った手に力がこもったのを感じ、また頬が濡れた。



涙の海底から浮上

(次に目を開けたら、新しい道を歩き出せるでしょう)

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