西の海、私の故郷の土の優しい匂い。
幼い時に戯れた、草花の薫り。
心の整理をつけるために、自分の庭の中のガーデンチェアに座って
目の前に降りてきた小鳥さんの頭を撫でながら、思い出と出会う。
地獄に変わった島ではなく、まだ美しかった島の思い出と。
「…みんな…」
「…アヤ」
名前を呼んだ声は、聞きたい懐かしい声にとってもよく似て聞こえた。
がたりと勢いよく立ち上がり、小鳥さんが逃げてしまったのも気にせず、一抹の希望を感じて振り返る。
「ダフ…!」
「!」
「…あ…クザン、さん…」
声を掛けてきた人は、望んだ幼馴染ではなく、似ても似つかないクザンさんだった。
ひどく驚いた顔。
申し訳ないのに、落胆が押さえきれず、顔を伏せ、もう一度チェアにすとんと座る。
「すみ、ません…」
「…いいよ、気にしないで」
そっと近づいてきてかがんで髪を梳いてくれる長い指先に、申し訳なさと何故か瞳の奥を焦がすような熱さが募っていく。
「…ダフってさ、島の誰か?」
「…幼馴染です…」
「そう…」
「…普段は思わなかったのに、こうなってから聞いたら…クザンさんに、声が似てて…つい…」
目の前で首だけ落ちてきたのに、まだダフが生きてるなんて
少しでもそう思った自分が、情けなかった。
「ごめん、なさい…」
「いいよ、大丈夫だからね」
低い温度の手からあたえられる優しさに、唇がわななくように震えるのを1度噛み締めて耐える。
「…ダフってやつ、どんなやつだったの?」
「……ダフは、横暴で…大雑把で…かっこつけで…」
「うん…」
「でも、不器用に優しくて…私を、ずっと好きでいてくれて…」
「…」
「大切な、幼馴染でした…」
全て大切だった、あの島も、あの人たちも。
ぽろりとこぼせば、クザンさんは少しだけ苦しそうに表情を歪めた気がした。
でもそう思うより早く、身体を抱きしめられた。
「…クザンさん…?」
「(傷つけてばっかりだな…)アヤ…俺はその幼馴染にはなってあげられないし…なりたいと思わない。俺は俺だから…」
「…わかって、ます…」
「でもね、アヤがもっとちゃんとね、笑っていられるように護ってあげたいと思ってるよ」
身体を離したクザンさんの片手の中で、ぱきんと音を立てて一輪の氷の花が生成された。
それを受け取り眺めれば、ひんやりとして冷たく輝いていた。
造形に、繊細な心遣いを感じ、目を細める。
「……ありがとう、ございます…」
「…アヤのことが大好きだから、当然」
冷たい温もり
(ああ、やっぱりどこかダフと似ていると思ってしまって、嗚咽が漏れそうになった)
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