"硝子細工の人魚(シレーナ・ド・ヴェール)"
水中で輝く透明な鱗をもった、まるで下半身が硝子でできているような人魚の中でも特に希少な種を、人はそう呼ぶ。
遥か昔、海を愛していた輝く鱗を持つ美しい人魚が、地上の人間に憧れて海の底の島を飛び出し
地上で生きるために自らの姿を変貌させ、尾びれと足を使い分け、人に擬態することができるようになった。
それが美しい造形物のような、"硝子細工の人魚"の誕生譚。
闇の市場では人魚よりも高価な額で売買され、その珍しい鱗だけでも価値があり、相当の値がつくという。
しかし、今では人魚族以外との別種族とのハーフやクォーターが多数で、発現するものも少ない。
発現した者も見事に人に混じり、擬態しているため、発見・捕獲は極めて困難とされ
実際、最後に確認されたのは数十年前に、人間族とのハーフの雌が一匹のみである。
***
「まさか…海軍がこんなレアな生物飼ってるとはなァ」
「っ…よくも…!あァ!!」
海賊に押さえつけられ、魚に変化した足から光る鱗を無理やり剥がれるたび、身を切られるような激痛が走る。
「い、…っぐ…!」
「ははっ、見ろよ!ほんとに透明だぜ!」
「丁寧に剥がせ!こいつは売り飛ばせねェが鱗は売れる!だが折角の鱗も傷がついたら価値が落ちるんだからな」
「ですがお頭ァ、早くやらねぇと…もう乾いちまって足が元に戻ってきてやすぜ」
「馬鹿野郎!この女はクォーターみてぇだが、クォーターでも真水ぶっかけても鱗だけなら浮き出るって話だ…いくらでも剥ぎ取れる」
そこまで言ってホアドは、私の顎を掴んできた。
じろじろと見られる視線が気持ち悪くてたまらない。
「っ…殺す気なら…殺しなさい…!!」
「殺す?そんなことしねぇさ。しかし殺す以外ならあんたには何してもいいんでなァ」
言葉に少しひっかかる。
この海賊たちは、誰かの言葉で動いているの?
そんな疑問が浮かんだ時、幾度となく経験してきた、尾びれが二つに別れる感覚。
「!(乾いてきた…!)」
遥かご先祖様が願った海と陸、二つの世界を生きるための奇跡の効力。
どちらかの世界にいれば、たちまちにその世界に身体が適応する。
「!っ」
「ごふっ!」
「お頭!?」
油断していたホアドの腹部を戻った足の片方で、蹴り飛ばし。
鱗がはぎとられたせいで血が滲んだ痛い足を引きずり放り出した鞄のところまで走り、ゴールデンでんでん虫をつかみ出す。
「くっそ…!あのガキ…!!」
「(もうどうせ…誰もいないなら…これを押せば、海賊を全員殺せ…)」
『憎しみに囚われて、鬼になってはいけないよ』
「!」
我を忘れそうな殺意の中、引き戻すような懐かしい優しい声音に押しかけた指が止まる。
「(お父さ…)」
「この魚の化けもんが!」
「ッが…!!」
焼くような感情の中で我に返った瞬間、後ろから頭を地面に叩きつけられ、片足をナイフで突き刺された。
頭と足に走る脳を揺さぶられるような衝撃と激痛に、意識が暗くなった。
***
「ふん…思わず刺しちまったが急所じゃねェし大丈夫か…」
ぐったりとして動かない、アヤの身体を眺める海賊。
青ざめた透明感がある白い肌。
やわらかそうなスタイルのいい肉体。
「……殺したり売らなきゃ、いいんだよな?」
目を見合わせ、にやりと笑う海賊達。
そして誰とも言わず、アヤの濡れて張り付く服に手をかけた。
「へへ…悪く思うなよ…」
服を割き、隠れていたアヤの肌を撫でた時、後方から空気が焼け付くように熱くなる。
振り返れば、海軍コートを風に揺らす巨体の男。
「…クズ共が…この島とアヤになにをしたァ…!!」
「っお、お前は…!?」
「大将赤犬ッ!?」
最高戦力の一人である大将赤犬が激しい怒りを瞳に燃やす姿に、海賊達は凍りついた。
終幕の咆哮
(おどれら…誰一人生きて島から出れると思うなァ!!)
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