「ひ、ぐ…っ…うぇぇ…ん…」
「アヤ!」
アンナの元から離れられず泣きじゃくっていると、後ろから肩を掴まれ振り向かされた。
その先には頬や身体にべったりと血をつけたダフ。
一瞬驚いたが、よくよく見れば右腕が酷くえぐれ、ぶらんと力なく下がっていた。
「っ、くそ…アンナもやられたか…」
「ダ、フ…!腕が…!!」
「俺の腕なんか大した話じゃねェ…それより海軍はこねぇのか!?」
「っ…わがんねェ…支部に、繋がらないんだべ…」
声を震わせて言えば、ダフは合点がいったというように鼻で笑った。
「…はっ…そんなことだろうと思ったぜ……アヤ、この島はもうだめだ。一か八か、海から逃げるぞ」
「え、み、皆は…!」
「……俺のこの様を見て、生きてる奴がいるとお前まだ本気で思うのか?」
「!!…っ、ふ…ぐ…」
ダフの静かな言葉が、胸の中の不安を確信に変える。
もう私たち以外、だれも生きていない。
言葉もなくなり、溢れだす涙と悲しみに、思わず両手で口元を覆った。
すると、肩をつかんでいた手が私の片腕を握り、無理やり引きたたされる
「!?」
「海賊たちがまだ追ってきてんだ…!走るぞ!」
手を引っ張られ、問答無用で走らされる。
しかし涙は止まらない。
「っ…ふ、ぇえ…」
「はァ…はァ…ッ泣いてる暇があるなら島の分まで生きるぞ!!」
「!ッ…ダフ…」
「…全員ここで死んだら…だれがこの島を覚えてるってんだ!それじゃあ全員、だれも…なにも救われねェだろ!」
「ッ…ぅ、ん…そうだべな…ちょっと…見直したべよ…」
「…ふん、もっと早く俺の魅力に気づくべきだったな!」
海賊たちに追いつかれる前にと、島の端に、急いだ。
***
しかし…
「へっへっへ…あとはお前と海軍のお嬢ちゃんだけだぜ…」
「ッ…」
「海軍の女犯せるなんざ中々ねぇし、ちょうどいいオモチャになりそうだな」
「男の方は島の奴ら追わせてやろうぜ」
端についた時、海賊たちに追いつめられた。
「チッ…」
「ダフ…ここは私が…先に海に…」
私はすぐには殺されなさそうだから、と耳打ちして前にでようとした時、ダフの私の腕をつかむ力が強まった。
見上げれば、辛そうな、でも覚悟を決めたような笑み。
こんな顔、初めて見た。
「…アヤ、ここからは別々だ」
「!まっ…!!」
まって、と言うよりも早く、身体がぶんっと投げられ宙に浮いた。
「!ダフーーッ!!」
身体が海の波間に沈んだ。
ダフは、私のもう一つの姿を知ってる。
だから、最初からこのつもりだったんだ。
「(そんな真似しないでよ…!)」
光を帯び出した自分の足を見ながら、海面に戻らないとと落ちていく体を海中で立て直した。
その時、上から泡を立てながら海の中に落ちてきた黒い影。
「!(もしかしてダフ…?!)」
ああ、よかった。考えすぎていたらしいと変化した下半身を動かし、上に登り両手を伸ばす。
「(よかっ…)!!?」
伸ばした手に落ちてきたのは、ゆらゆらと赤を広げるダフの頭部。
体はついていない。
ただ、頭が一つだけ。
「っ……!!!」
動揺してごぽっ、と複数の泡を吐き出す。
また零れた涙が、海面へと浮き上がっていった。
するといきなり、海面から太い腕が伸びてきて、水に揺れていた私の短い髪を掴んで引きずりあげてきた。
「ごほっ!…いっ…離しなさい…!!」
「!おい!この海軍の女の体見ろよ…人魚だ!!」
「しかも海水で変わる身体に、光沢を帯びた透明な鱗…希少種の人魚じゃねェか…!」
「ッ…」
陸上に無理やり引きずり上げられ、言われた言葉と舐めるような嫌な視線に、頭の中で警告音が鳴った。
悪い話は続くもの
(『海と陸を愛したその身体に流れる血のことは、島の外の人になるべく知られてはいけないわ』)
(幼い日に母に聞かされた言葉が蘇った)
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