とりまく愛が深ければ深いほど、あの子を捉えやすくなる。
愛とはよくも悪くも執着で、執着は鎖となるものなんだもの。
特に恋愛ごとの愛ならば尚更、底のない泥沼。
相手の1を手に入れたら10が欲しくなり、10が手に入れば100が欲しくなる。
それは自由さえ奪いかねない、とめどない欲望の鎖。
そして、果てのない呪い。
私は愛というものを、そう理解しているわ。
だからこそ、私は愛というものを利用できる。
「カンパニュラ」
「はァい〜…なんでしょうかァ〜?」
私を動かす五老星に名前を呼ばれ、恭しく頭を下げる。
「ショウガン・アヤのことはお前に一任しているが…うまく行くのか?」
「うふふぅ〜…私におまかせあれ〜…彼女をここ以外の場所へ行けないよう、とどめの一撃にしてみせますからァ〜」
世界政府の名の下に。
ドレスの裾を持ち上げて、腰を折った。
「あの子の全てがァ…海賊の手でなくなっていくのを見ていてくださいねェ〜…」
少しだけ手引きしたのは私だけど、私のせいじゃないわァ。
だってこれから起こることは、全部あの子の運命なんだもの。
遥か昔より運命は、残酷至極と決まっているものだから。
***
ぶるり。
突然の寒気に身体が震えた。
「……?」
暖かい時期なのに、一体なんだろう。
潮風がきつかったのかしら。
二人のお墓に寄り添って丘から海を眺める。
「……海だけは、変わらないべなあ」
ここなら二人は、きっとよく眠れるだろう。
海を愛した、強く芯のしっかりした母。
夢を愛した、優しく穏やかだった父。
「…おやすみなさい、お父さん。お母さん」
いつまでもいたらいけないと、腰を上げて立ち上がる。
本音を言えば、二人とも大好きだったから、生きてそばにいて欲しかった。
本当はもっと…
「…(考えたら辛いだけか…)」
戻らないことばかり考えると、前に進めなくなってしまう。
また、許せなくなりそうになる。
海軍にはいりながら、海軍や政府を許せなくなる。
ふつりと煮えそうな心を感じて、ぎゅっと胸を押さえ、目を閉じる。
「…憎んじゃ、ダメなの…」
誰かを憎んだら、人ではなくなる。
憎しみや怒りに囚われた、悲しい鬼になってしまう。
昔、人が鬼になってしまう物語を読み聞かせてくれた父に言われた。
「…『深い憎しみの中でも、人を見つめ、愛する気持ちを忘れてはいけない』…」
憎しみで鬼になれば、そんな当たり前のことすら見えなくなる。
私は、そうなりたくないと今も昔も思うから。
人を、同じ人として愛し、見つめられてる人でいたいと思うから…
「……(もしかして、これが私の正義なんだべか…)」
民間人、海賊、海軍、それに貴族や政府、どんな人にも善があり、悪があることを私は見てきたから知っている。
そして誰もに、それまで生きてきた人生があることも。
だから、誰が相手だろうと正義対悪じゃなく、人対人として接して
人の心にある慈愛を忘れず、心なき鬼には決してならず
献身と慈愛を注ぎ、その上で護り、また裁く正義。
それこれが、私の中にある正義の形。
「…『慈愛ある正義』…?」
少し恥ずかしいけれど、口から出た言葉はすんなりとハマった気がする。
すっきりと、整理がついたように思えた。
「…(答えは最初からここにあったんだな…始まりの場所に)」
亡き二人に会いにきてよかったと、心から思った。
「…私、まだ頑張るべ…見ててなあ、二人とも」
私は、全てを柔らかく愛して私の正義を実行していく。
帰る場所は姿がなくなっても、まだここにある気がするから。
正義の形
(それは全てのものに、心をかける正義)
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