「え、本部に…?」
「ああ…別の任務が入った。俺は先に戻らなきゃならねェ」
「…そうですか。任務なら仕方ないですね」
スモーカーさんを島に引き止めて数日、戻る旨を聞いて残念に思いつつ、送り出した。
急な任務、危険なことがないといいんですが。
「アヤ姉、お兄さんいかせてよかったの?」
「スモーカーさんは仕事できてただけですからね。私は休暇中ですから仕方ないですよ」
アンナの言葉に困ったように笑い返して、港から歩き出す。
「…それに…そろそろ私は、私の現実を見ないといけませんから…」
「…アヤ姉、いくの?」
「ええ…いつまでも、受け止めないでいられないですし…」
実家に帰ります。
心配そうな、アンナの頭を撫でて、森のほうに歩きだした。
***
青々と茂る広葉樹の木々を抜け、流れる小川の飛び石を跳ね超える。
集まってくるリスやウサギに手を振って、タンポポの花と綿毛が揺れる花畑を超えていく。
「(…6年も経つと、懐かしいな…)」
無邪気にかけまわっていた幼い私の影が、端々に映る気がした。
街から少し離れた森の先、海の見える丘にある家への道が指し示されるように。
家のあったはずの場所に足をすすめるたびに、見たくないという思いと
本当は全て嘘で、母は生きているんじゃないかという期待が強くなる。
相反した気持ちを胸に宿し、目を閉じて最後の林檎の木の下を通り過ぎた。
ここを超えたら、見えるはず。
私の古ぼけた生家のあった場所が。
息を整え、意を決してゆっくりと目を開ける。
「…、…」
母が本当は生きている。
…そんな期待に満ちた空想は、泡のように弾けた。
ざあっと風が音を立て、丘の草花を揺らした先にあったのは
焼け落ちた黒焦げの家の柱の残骸と、側で海を眺めるように二つ寄り添って並んだ小さな墓石。
一つは亡き父のために、私が作ったもの。
もう一つは、 誰も何も言わなくてもわかる
その場で足の力が抜け、膝から崩れ落ちた。
わかっていた事なのに。
辛くて辛くて、仕方ない。
瞼を焼くような、熱い涙が音もなく草花に零れていく。
「っ…ごめん、なさい…お母さん…お父さん…」
『アヤ、お金がいるからって海軍なんかに行かないで!!』
『っまとまったお金がないと、お母さんも私も死んじゃうべよ!』
言うことを聞かずに飛び出して、その親不孝の結果がこれなら、私は共倒れになるべきだったのかもしれない。
二人で生きたいという願いから、一人で寂しく、苦しませて母を死なせてしまうくらいなら、最期まで一緒の時間を過ごすべきだった。
後悔をいくらしても、私はまだ生きていて、母は帰ってきてはくれない。
「…護りきれなくて、ごめんなさい…」
孝行娘の親不孝
(皆が皆、自分たちで手一杯の中)
(憎しみを捨てて、海軍に身を捧ぐ以外)
(母と二人で生きるために、私はどうしたらよかったの?)
back