「スモーカーだけアヤの実家でデートとかずるいんだけど。なに?ご両親の墓に挨拶でもする気なの??」

「ちょっとォ〜…誇大妄想する暇があんなら仕事しろよォ〜」


ここ数日、アヤがいないからやりたくないと、ろくに仕事をしないクザンの頭にボルサリーノの光速の蹴りが決まった。

まあ常人なら頭がふっとびかねないが、クザンは氷。砕けるだけに終わる。


「おいおい…氷とはいえびっくりすんじゃないの」

「だったら少しは仕事に精を出しなァ。女のとこばっか行ってんじゃねェよォ〜…」

「だってさ…アヤがいないからせめてもの潤いが欲しいんだよ」

「…不誠実な奴じゃな…そもそもアヤをお前が遊んでるような女と一緒にするな」


こいつのアヤに対するこの不誠実さが前々から気に食わんかったが、いないとなれば特に酷い。

遊びなら手を出そうとするなと牽制も込めて睨めば、肩をすくめられた。


「アヤには本気だって…執着してるのもアヤだけだからね、俺」

「…なんて信用性に欠ける言葉じゃ」

「じゃあどうしたら信用されるのさ」

「女断ちするのが1番早いよねェ〜」

「それは無理」


…こんな阿呆に惚れ込む女の気も知れん。

阿呆の相手をいつまでもしているのも時間の無駄じゃとわかり、手にしていた書類を青雉に押し付ける。


「もう戯けた話はいいから仕事せえ。おどれの分じゃあ」

「えー…サカズキは?」

「わしはとうに終わった」

「はっ!?まじで?」


クザンの驚く声を無視し、当面の仕事も終わらせようとその場を後にした。


***


「サカズキのやつ…いつも仕事は貯めないけどさ。いつも以上にやる気出してない?」

「長期の有給取るつもりなんだろうねェ〜」

「…やっぱアヤの島行く気?」

「じゃないかなァ〜…オハラの事の後だから、この時期くらいだろォ?昔サカズキが行ったのも」

「……そうだったね…」


今時期だったか、とまだ中将だった時分を思い出す。

まさかあの堅物のサカズキが、まだ幼女のアヤに心奪われて帰ってくるとは思わなかった。

5歳の、しかも自分が正義の名の下に殺した男の娘に。

そんな、馬鹿な恋をするなんて。


「…小さいアヤ、どんだけ可愛かったんだかね…」

「さあねェ…わっしも会ってみたかったよォ」


アヤにとって、サカズキや俺たちに会ってよかったのかは微妙だろうけど。


「愛が幸せを壊すなんてぇ…複雑な話よねェ〜…」

「!」


間延びした高い声が割って入った。

毒々しい甘さを孕んだ声は、特徴的でねっとりと耳に残る。

ボルサリーノが珍しく表情を変えたあたり、やっぱりあの人か。


「…あんたが来るなんて珍しいじゃないの」


ちらりと視線をやれば、喪服のようなドレスを相変わらず着ていた。

引き摺り込まれそうな闇のような瞳。

歪んだ笑顔を作る赤い唇。

アヤの健康的な白さとは違う、病的なまでに白い、雪のような肌。


「いやだわァ〜…そんな警戒した目をしないでよォ〜」

「…姉さァん…」

「久々ねェ〜…ボルくぅ〜ん」


毒のようないやな気配の彼女、カンパニュラは

ボルサリーノより明らかに遥かに若い見た目だが、ボルサリーノの実の姉で、長く世界政府に勤めている役人だ。

美に執着する女なら誰もが欲しがるだろう、彼女のもつ能力でそう見せているだけ。


「(若作りな年増だよなあ…)」

「クザンちゃんたらァ…今失礼なこと考えたァ〜?」

「いや別に…それよりほんと…なんでいるんすか?」

「んもぅ〜…海軍に用事があるからきてあげたのにひどいわァ〜」

「用事…?」


わざとらしく膨れたカンパニュラの言葉を繰り返すと、彼女はゆっくりといつものように口元を歪めて笑った。


「…加盟国のお貴族様がァ〜…ご家族で遠くにでかけたいんですってェ〜…若くて強い海兵たちを警護に当たらせて欲しいのォ〜…

アヤちゃんのとこに行かせてる人も、強いらしいから呼び戻してもらう手配はしたわァ〜」

「!…ちょっとォ〜…姉さん〜アヤちゃんは政府が必要としてる人材じゃないのォ〜…?」

「ふふぅ〜…まあこっちも貴族への体裁があるしぃ〜…まあ、西の海ならそんなに警護つけなくて大丈夫よォ〜…ええ、きっと平気よォ」


小首を傾げて無邪気を気取った笑顔を見せるこの人が、俺はあまり好きじゃない。

とんでもない腹黒なのは、身内ならわかりきっている。


「センゴクさんには許可を頂いたわァ〜…まあ、私の命令を断るなんてできないものねェ〜…」


…やっぱり腹が黒い。

五老星直属の命を受け動く特殊役人の彼女は、ボルサリーノの姉らしく、弟と同じで性質が悪いし、怖い。

なにを考えてるかわからないし。


「まあ、そう言うわけだからァ〜…アヤちゃんがそんなに心配ならァ…気にかけておいてあげたらァ〜…?」


くすり、と笑みをこぼしてカンパニュラは去って行った。


「…姉さんは油断ならないねェ〜」

「…あんたらまだ仲悪いのか?」

「よくなるわけねェじゃねェかァ〜…」

「…そうだよな。しかし意味深なこと言ってったな」


政府の連中が、またアヤになにかやらかす気じゃないといいんだけど。

不審さを抱きながらも、自分も有休を要求するべく、たまりにたまった書類にとりかかることにした。



暗雲の予兆

(うふふぅ〜…念には念をって大切なのよォ〜だから、恨まないでねェ〜…?)

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