「ふふ…今日は楽しかったです」

「そうみてェだな…生き生きしてたぜ」


日がくれた頃にどんちゃん騒ぎの中、宿屋に帰ってきた。

ぽふん、とベッドにうつ伏せに沈む、幸せそうなアヤを見て

やはり帰ってきてよかったのだろうと思う。


「…やっぱりこの島が、私には一番いい場所なのかもしれませんね」

「…本部は、違うか?」

「…本部も、いい場所ですよ…でも、生まれ育った空気がやっぱり一番身体に馴染みますから」


困ったように笑って答えたアヤは、身体を起こして窓の外を見る。

窓の外はまだまつりの明かりがついていて賑やかだった。


「…それに、またこの街が昔の豊かさを完全に取り戻してくれていて、嬉しいんです」

「…?どういうことだ…豊かじゃなかった時もあるのか?」

「…一時期、ね。少しだけ色々あったんです。この小さな島にも」


複雑そうに笑うアヤは、それ以上語る気は無い気がした。


「…言いたくは無いのか?」

「…言いたく無い、というか言う必要はない、ですかね」


今はもう、昔の話ですから。

それだけを言って、アヤはそのままシーツの中に潜り込んで背を向けた。


「変なことをいいましたね…すみません。今日のところは、私はもう寝ます」

「アヤ、」

「おやすみなさい、スモーカーさん」

「……、ああ」


…それ以上は聞けないなと、静かに部屋をあとにした。


***


「…海兵のお兄さん」

「!お前は昼間の…」


声のかかる方向に目を向ければ昼間のガキがいた。


「アンナよ。…アヤ姉は寝ちゃった?」

「…ああ」

「…そっか。でもアヤ姉が元気でよかった。海軍に行ってから…心配で皆仕方なかったから」


安心したように壁に背を預けて笑うアンナの言葉に、疑問を口にした。


「それは、海軍の仕事は危険だから心配なのか…海軍そのものが心配なのか、どっちだ」

「……どっちも、かしら。アヤ姉からは何も聞いてないの?」

「…ああ、聞いてねェ」

「…そうよね…アヤ姉は、言うような人じゃ無いものね…恨みつらみなんて」


深い息を吐き出してから、ガキは壁から離れて背を向けた。


「まて!そりゃあどういう…」

「…昔、この島が豊かじゃなくなった時期があったの。私はまだアヤ姉より小さかったけど、あの数年間はよく覚えてるわ」


土地が死んだように、花も作物も育たない。

その間は、花祭りも休止状態だった。

誰もが心に影を作り、気を落としていた。

そう語るアンナの背中からは、怒りや悲しみが感じた。


「…今とは全く違うな」

「そりゃそうよ。打開するために、豊かな土地を取り戻すために、必死の思いで村の皆で原因を除いたんだから

……それでも、一度壊された自然を取り戻すには数年の時間が必要だったけどね」


肩を竦めるアンナ。

しかし、不作と海軍になんの関係があるといいのか。

そんな俺を見透かしたかのようにアンナがふりかえった。


「なんで、不作が始まったかわかる?」

「…それと海軍が関係あるのか」

「…不作が始まったのは、今から13年前。隣島のオハラの事件の次の年…始めて花が…作物が、芽も出さずに死んだの」

「…」

「理由はすぐにわかった。この島、オハラの風下でね…

燃えたオハラから、風に乗って飛んできた灰が降り積もって、島の土に混じってしまったの」


そこから、農村の私たちが貧しくなるのは早かった。


「家畜たちも一度は全て売り払って、生活の足しにした。でも数年も持たない…すぐに、島中の人間がひもじさと貧しさにくれたわ」


苦しげに俯いてそう語るアンナが言わんとしてることは、流石にもうわかった。

海軍に複雑な思いを島民が、アヤが、抱いているのかもしれない理由も。


「…海軍だけのせいとは言わないけど、それでも私たち民間人を、護りも、省みもしてくれなかった…だからみんな複雑なのよ、本当は」

「…そうか」

「アヤ姉もほんとは…なんにも言わないけど、丁度ヨウおじさんのことも海軍から聞かされて…

飢えと、灰で身体を余計悪くしたハナおばさんのこともあって、でも皆大変な時だから皆に迷惑かけたくないって

一人で抱えこんで…ずっとずっと働き通して、海軍にまで奉公にでちゃったから…

私、アヤ姉には…もう幸せになってもらいたくて…」

「…海軍にいくことで、アヤが傷ついてるんじゃないかと心配してたんだな?」


俺の言葉を肯定するように、アンナは一つ頷く。


「…、ごめんなさいお兄さん。お兄さんが海兵だからって、こんなの八つ当たりだし、言うことじゃなかったわ」

「いや…」

「でもお兄さんといるアヤ姉はすごく楽しそうだったから、心配ないと思ったの…私の知ってることくらいは知るべきだと思ったの…

だからお兄さん、アヤ姉を大切にしてあげてね?」


もう辛い思いはさせないであげてと真剣に言うアンナに、強く頷き返した。

すると表情を少し明るくさせた。


「ありがとう…お兄さん」

「いや…」

「じゃあ仲直りしに広場に踊りにいきましょ!」

「!いやそれはことわ…」

「さあいきましょ!パパたちも貴方と飲み足りないって探してたし!」


…朝まで飲むことになるのか、これは。

手を振り払うわけにもいかず、諦めて深いため息を吐き出した。



少しだけ昔の話

(…アンナったら、島のことや私のこと、言っちゃったんですね…)
(ああ、でも…私の本当の真実全てを、あの子は知らない)

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