ぶどう園の中に軽やかで楽しげな舞踏音楽が響く。

男たちが鳴らす管楽器に打楽器、弦楽器の重なる変わったリズムに合わせて

民族衣装だろう衣服に身を包んで若い娘たちが、鮮やかなぶどうを入れた桶の中で裸足で、歌と踊りに楽しげに参加していた。


「…あれがぶどう踏みか?」

「なんだ兄ちゃん、見たことないのかい」


俺を連行した親父の一人が、ワインを俺のカップにドボドボつぎながら驚いたというように話しかけてくる。


「ああ…初めて見たな…こういう島にはなかなかこねェ」

「そりゃあ勿体無い話だな、海兵さんってのはこんないいもん知らねぇなんざ人生損してんなあ」

「島一番のワイン娘を持っていきながらなんてこった」

「アヤはそんなに上手いのか?」


知らなかった話だ。

そういえばアヤはあまり自分のことを言わねェなと、今更ながら思った。


「上手いなんてもんじゃねェ。見てみりゃわかる…ほら、きたぞ」


軽く指差された方を見れば、確かに格好こそ変わったが

薄手のドレスのような衣装を身にまとったアヤがいた。

先ほどのアンナというガキが、照れて笑うアヤを桶へと手を引いて導くと

アヤがたどたどしくも裾をたくし上げ、リズムに合わせて踊り出したのが見えた。

遊ぶように軽やかに跳ね、葡萄の芳醇な果汁の匂いを辺りに撒き散らす。

たくし上げたスカートを翻し、足を汁に濡らしながら桶の中で踊るアヤは、誰よりも自由で…綺麗だった。

確かにこれは、魅入る。


「…ワイン娘ってのは男を知らない若い娘だけができる、そりゃあ神聖な仕事でよォ。

特に中身も清らかなあいつが、歌い踏んだ葡萄からできたワインは、より格別な味に感じるのさ」

「小せェ頃から親孝行で、誰より一生懸命な優しい子でなァ。だからこそ、その心がとびきり上等な酒を生む」


全員、そんなアヤが昔から可愛いんだ、と男たちは豪快に笑った。

だから今にくるまで、アヤはあんな純粋に育ったのか。


「ヨウさんがあんなことで亡くなってからは特になあ…村全体の娘みたいなもんだったべ…

まあ、アヤは一人でやれることはやるって、病気の母親抱えて、最低限しか頼っちゃくれなかったが…」

「ヨウ…?」

「あん?それも知らないのか…アヤちゃんの親父さんさ。アヤちゃんに似た、優しい気のいい人でな…あの人の作るワインも、すごく美味かったよ」


父親の名前すら、聞いたことはなかった。

アヤは、海軍では本当の自分を何も見せてはいない。

ここににきて明らかになる姿を、海軍では出さないようにしていたのか。

俺はアヤについて、知っているようで何も知らないらしい。


「ハナさんもついにあんな死に方して…いい人ばかりが不幸になるなんざ、理不尽な世界だべ」

「というか兄ちゃん海軍のくせにアヤのことなんも知らんのかい。ヨウさんの死を知らせたのも海軍だってのに」

「!海軍が…?」

「ああ、ちょうどこんくらいの時期さ。20年前の隣のオハラの事件のあとだ。

せめて島の雰囲気を明るくしようとやってた花祭りが終わる頃に、おっかない顔したでかいお偉いさんがきてな」


ハナさんと、アヤに告げていったらしいよ。

それを聞いて、思わず踊りにふけるアヤを見る。

小さなアヤには、その海軍の姿は、海兵という姿は、父親の死を告げに来た死神にしか見えなかったんじゃねェか?


「(どんな思いで海軍に入ったんだ…)」

「そういやあの日は、アヤは島外の客向けに広場でぶどう踏みをしてたなあ」

「そのおっかない海兵さんも、アヤのぶどう踏みの踊りに足止めて、食い入るように見とったべ」


思い出したように語られる言葉に、なんとなく嫌な予感がよぎる。


「おい、その海兵は一体…」

「もう、皆さん!スモーカーさんに変な絡みしちゃダメですよ」


アヤが、俺たちに割りいるように飛び込んできた。


「変な絡みなんてしてねぇよアヤ。俺たちはただ、可愛いアヤが海軍で虐められてないか心配でな」

「大丈夫ですよ。皆さんいい人なんですから…ごめんなさい、スモーカーさん」


申し訳なさげに笑うアヤに、わざと割りいったのか、偶然なのか、判断がつかなくなる。


「…いや、大丈夫だ…」

「それならよかった。あ、どうでしたか?ぶどう踏み」

「ああ…よかったぜ。あんなことできたんだな…その格好も似合う」

「ふふ、嬉しいです…さ、行きましょう?まだまだ見て欲しいところがあるんです」


笑って差し出してくるアヤの手を、これ以上は聞けないかと諦めて握った。



全て沈黙の神の下

(教えたくないのか?言ってないだけなのか?)
(それすらアヤからは読み取れない)

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