ーー農産業とワインが栄える島、ロマナ島。
西の海の片田舎に浮かぶこの小さな島は、森の中を少し切り崩した街にレンガ造りの家が立ち並ぶ町並み。
広場中央にある小さな噴水が、街の象徴。
花売りや、料理人、ワイン好きの間では密やかに名が知られているらしい。
栄養のつきることのない肥沃な土に恵まれた大地が、色とりどりの花を美しく咲かせ、また、旨味の詰まった農作物が育たせる。
豊かな牧草や餌を食べて、のどかで穏やかな生活をのびのびと送った家畜たちも、市場に行けば値が他とは一線を画するそうだ。
そして、何よりも島の特産として名高いのはワイン。舌の肥えた貴族の間でも、ロマナ島産のワインの味は名高いとか。
***
「…だから出がけに、土産にワインを頼まれてたりしてたのか」
「ふふ、そういうことです」
賑やかな街中を歩きながら、アヤから直々にロマナ島の概要を聞いたところ上記のことが返ってきた。
なかなかに、自然に恵まれた豊かな島らしい。
「しかし…ワインか…そんなにいいもんなら高ェんじゃないのか?」
「市場に出ると手が出ませんが…地元なら安いんですよ…それに今は花祭りの期間ですから普段より手頃な価格で手に入ります」
そう言いながら賑わう街を見て、時々かけられる声に手を振ったりハグをして応えるアヤ。
この街に馴染み、生き生きと笑う姿が、一番らしい気がした。
「花祭り…さっきも街のやつも言ってたな。この街のでかい祭りなのか?」
「ああ、そうですね…一ヶ月ほど続く一番大きなお祭りですよ。この時期は、島中の花と言う花が咲き乱れるんです。
色とりどりの花びらが風に吹かれては花吹雪のように絶えず舞うくらいにたくさん…ほら、」
そっと宙を舞う花びらの一枚を上手く掴み取り、やわらかく微笑んで俺に見せてくる。
「ね?綺麗でしょう?…花祭りは、この自然の美しさへの賞賛と、土地が今年も変わらず豊かさを与えてくれることに感謝をするお祭りなんですよ」
「そうか…いい島だな」
「スモーカーさんにそう言ってもらえて、嬉しいです」
…本当に嬉しそうにそんなことを言われると、勘違いしそうになるだろう。
無自覚な年下の上官に嬉しさ半分、頭が痛くなった。
すると、
「アヤ姉ーおかえり!」
「!アンナ!?」
ばふっと10くらいのガキがアヤに目の前から飛びついてきた。
勢いでアヤが倒れかけたのを見て、慌てて支える。
「大丈夫か?」
「はい…すみません…アンナ、びっくりしたべよ…こんなに大きくなって…」
「だって6年ぶりなんだもの!アヤ姉、おばさまがあんなことになったあとも帰ってこなかったし…」
「!…、そだな…」
ガキの言葉に、はっとして憂いたように笑うアヤ。
それを見てガキの方も何か察したらしい、再びアヤを抱きしめて、ごめんなさいと呟いた。
「祭りの時に言うことじゃなかったわ…忘れて?それよりアヤ姉、可愛いドレスに着替えて一緒にぶどう踏みしましょ!」
向こうのぶどう園でやってるわ。
切り替えるように言って、アヤの腕を強く引くガキ。随分と元気な奴だな。
「で、でもスモーカーさんを案内しないと…」
「あら、海兵のお兄さんも見にきたらいいじゃない」
「えっ」
「ぶどう踏みのワイン娘は、アヤ姉が一番似合うんだから」
アヤ姉の一番神聖で、綺麗な姿見たいでしょ?
ガキはにやりと俺にいたずらっぽく笑ってから、アヤの手を引いて走っていく。
その背中を見送ると、がしり、と後ろから両の肩を組まれた。
「!?」
「若い海兵の兄ちゃんよ…さあ、行くか」
「うちの島一番だったアヤのぶどう踏みが見れるのは、ラッキーだぞォ」
ぐっと両隣で俺に向かって親指を立てる、筋肉隆々な壮年の男が二人。
海軍のベテランの親父ども並だ。
「(…こいつら、ほんとに農民かよ…)」
自分たちも強面の自覚はあるが、その中でアヤが普通に自分たちと付き合っている理由を垣間見た気がした。
農村の祭典
(煌びやかでも、豪華でもない)
(ただそれは盛大で、心を尽くした祭典)
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