第弐話 気づかず積もって、垂り雪





「(銀さんそろそろ来ますかね・・・)」



あの人が、この団子屋に来るようになって少しだけ月日が経ちました。


時の流れとは早く、初雪の日に会ったというのに、今ではもう雪が町中に降り積もっているのです。



「(えへへ・・・早く来ないでしょうか・・・)」



最近では、銀さんとお会いするのが私の楽しみになりだしていて


彼が一つだけお団子を頼んで、食べている姿を見ると


それだけで、心があったかくなって、幸せになるんです。


こんな気持ちは初めてで・・・



「(この気持ちは一体なんでしょう・・・)」


「んなにやついて・・・なんかあったか?」


「っうひゃぁ!!」



後ろから急に声がかかり、驚いて振り返れば、そこには待ち人の銀時さんがいらっしゃいました。


そして寒そうに大きな身体を丸めて店内に入ってくる姿に、私の中の驚きは消え


ただ、いいしれない微笑ましさがまた心にあふれるのです。




***




「・・・という友達がいるんですが」


「そりゃあお前、その友達ってのは恋してんだろ」


「こ、鯉っ!?」


「いや、『恋』な。ベタなボケかますんじゃねーよ」



用意したお団子を食べだした銀時さんに、先ほどの感情を友達がある人に・・・と言い換えて話してみると


さらりと恋などと言われてしまい、思わずありがちな誤答をしてしまった。ふ、不覚です・・・


「で、でも恋なんてそんなっ」


「お前とおなじ年頃なんだろ?ありえねー話じゃねーだろ」


「いや、だ、だって、いい人ですけどちゃらんぽらんで

だらしない人なんですよ!?銀さんみたいな!(というか私の話ですし、銀さんのことだし!!)」


「それ俺に対して超失礼じゃね!?」


「と、とにかくそんな・・・そんな・・・」



否定に否定を重ねようとしても、どうしても言葉が出てこない。


『恋』だと考えると、すっぽりと自分の感情におさまりがついてしまうから。


一人慌てふためいていると銀さんは、食べ終わった団子のくしを見つめていた。


しかしその目は、どこかもっと遠い場所を見ているようでした。



「ったく・・・そんな否定することねーだろ・・・」


「・・・銀、さん・・・?」


「・・・俺ですら、お米くらいの年には恋してたんだからな・・・俺と同じで、甘いもの好きな女によ・・・」



そういやお前の変なとこ、あいつによく似てらァ


そう言ってこちらに笑った銀さんの笑顔は、こちらが代わりに泣いてしまいそうなくらい切なげだったのです。


そして私は、同時に悟りました。


この真っ白な人は、今なおその私の知らぬ女性に恋をし、何より愛しておられ


私はそんな一途なこの人に、初めての恋をしてしまったのだということを



「・・・その、銀さんの愛していた方はどちらに・・・?」



ろくに考えもせず、口に出した言葉。


後悔すると最初から知っていたならば、聞かなかったのに。


絶対に、聞いたりしなかったのに。



「そいつは・・・先にどっかいっちまったよ」


「え・・・」


「生きてんのかも、わかんねェ」



それは、つまり・・・



「お亡くなりに・・・?」


「・・・・・・そう言う奴もいるが、俺はどっかで生きてるって信じてんだ。

いつかひょっこり、ただいまとか言って帰ってくるんじゃねーかってよ」



その言葉に、私はきっとその人に勝てないと思ったのです。


銀さんの中で、その人の存在がどれだけ大きいのか、すぐにわかってしまったから。


その事実に、自分の視界が潤んでいくのがわかりました。



「っ・・・」


「ん・・・?って、おい、どうした?!」


「す、すみませ・・・っ目に、ゴミが入っただけ・・・です、から・・・」


「・・・それならいいけどよ、あまり無理すんなよ」


「っは・・・い・・・」



わしゃわしゃと頭を不器用になでられ、その銀さんの優しさと、手から伝わる温もりにさらに涙がこぼれる。


こんなことに泣いてしまうのは初めてで、私はどうしたら泣きやめるのか、わかりませんでした。


どうしようもなく悲しくて、苦しくて、切なくて・・・これが『恋』という感情ならばなんと痛いのだろうと。



「俺が泣かせたみたいだから早く泣きやめよー」


「うぅ・・・ずびば、せん・・・っ」



けれど同時に私は、銀さんとその人がもう一度会えることを願ったのです。


とても優しい銀さんだから、その大切な人を見失ってしまい、とても傷ついたのでしょう。


だからどうか、私の大好きな銀さんがもう一度その女性と会えますようにと


そして――



「っぎ、ん・・・さ・・・」


「ん?」


「その人、帰ってきたら・・・私の店のお団子、2人で・・・食べてください・・・っ」


「・・・そうだな・・・俺も、俺の好きな店の団子食わせてやりてーし・・・その時はとびきり美味いの頼むな?」


「は、い・・・っ」



優しく細まる銀さんの目。その表情にさえ心臓がきゅうとしまる。


だからやっぱり私は、貴方が好きなようです。


臆病な私にはまだ到底言えないけれど、せめてもう少しだけ


心にけじめがつけられる時まで、貴方を密やかにでも、思わせてください。




***




外に積もった雪に、暖かみを増してきた陽光が照りつける昼下がり。


店先の木に積もっていた雪がずり落ちた。


私はその音を聞きながら、銀さんに悟られないよう手元のお盆をただ、強く握った。






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