「アヤ、それじゃあ後は頼むぞ」

「…私まだ来て1年なんですが…」

「なあに、お前なら大丈夫だ。俺の仕事は覚えただろう?」


お前は俺より優秀だ。よくやれる。

そう言って笑い、乱暴に頭を撫でてくる部長とは今日でお別れだ。

今日から、引退するこの人の半世紀近くやってきた仕事を私が受け継ぐ。

私が、情報伝達部の部長になる。


「…私に、やれますかね…?」

「…お前はまだまだ小娘だが、大丈夫だ。そもそもお前は俺の次の部長になるために本部に引き抜かれたんだ…できねぇわけがねぇさ」


この1年、俺につかせて仕事を覚えさせたんだ。

その言葉に、少しだけ自信を持ち直す。

この人から教わったことは全て頭の中にある。


「…わかりました…がんばります…!」

「よし、いい返事だ…コングんとこ行くぞ」


元帥から正式に任命を受けて、それで正式に私は伝達部部長になる。

それが幼い私には、とても名誉なはずなのに、とても怖く感じた。

だが、今更嫌だ怖いなんて、逃げ惑うこともできず

小さく首を縦にふって歩き出した。

その時、部長がとても苦しそうに見ていたことを知らずに。


***


「アヤ、今日を持ってお前を情報伝達部部長に任命しよう。これは五老星、世界政府も既に承認済みだ」

「はい…海軍及び、世界政府の名に恥じぬよう、これまで以上に全身全霊を尽くします」


並々ならない緊張感の中、敬礼をして答えれば、厳しい顔をしていたコングさんはよく言ったというように優しく目を細めてくれた。

その表情はどこか切なげだった気がして不思議に思ったが

すぐに、将校以上でなくば着ることのできない真っ白な海軍のコートを渡されて、緊張にかき消された。


「情報伝達部長は、海軍大将と地位はほぼ同じ…だからこれからはお前もそのコートを着るんだ」

「了解です…」


自分も正義の文字を背負うのか、と思うと嬉しさより、余計不安と戸惑い、それから緊張が募った。

海兵になったとはいえ、私みたいな、2年前まで田舎の酒場で働いてた小娘が背負っていいのだろうか。

なんとなく、私がまごまごしているのが伝わったのかコングさんが頭を撫でてくれた。


「お前はまだ確かに幼いし小さいが、覚悟と義務感をお前は必ず持つだろう。その期待の表れだ、それは」

「…!…はい、」


今は重く考えるな、ただ受け取れ、という目を見て、なんとなく安心して、ぎゅっと渡されたコートを胸にだきしめた。

すると周りの方たちからも、なんとなく張り詰めた空気から安堵したような空気に変わったのを感じた。

それに不思議さを覚えつつも、次に隣の部長が出したものに思わず固まった。


「っご、ゴールデン…でんでん虫…」


バスターコールの発動権限であるそれ。

全てを破壊し尽くし、殺し尽くすバスターコールを呼び寄せる恐ろしいスイッチ。

私には、悪夢でしかないそれに吐き気がこみあげ、ほぼ反射的に口を押さえた。


「う、ぇ…っ」

「アヤ、耐えろ…これからはこれをお前が持つんだ」


大将だけが持てるはずのバスターコールの発動権限。

しかしそれは表向きにはという話。

大将と同じくらい、またはそれ以上の地位を持つ情報伝達部長もまた、己が保持する情報を護るためにバスターコールを発動することができる。

だから私が持つのは当たり前だけど、私はそれを見たくも触りたくなかった。

今よりも小さな時の、悲しい日を思い出すから。


「っ私…これ、いりません…」


ゴールデンでんでん虫から離れるように後ずさり、ぼそぼそと言えば、またあたりが緊張感につつまれた。

なにを言ってるんだ、と室内がざわつく。

「(いやだ…バスターコールは…)」

「…アヤ、これはお前の義務だ」


部長が厳しい目をして、私の片手を掴み、ゴールデンでんでん虫を押し付け、無理やりにぎらせてきた。


「ひっ…」


軽いはずのゴールデンでんでん虫が重くて怖くて、思わず小さく悲鳴をあげる。


「(やだよ…だって、これが…お父さんを…)」

「ショウガン・アヤ…お前のものだ、それは」


するりと、無理やりでんでん虫を握らせた部長の手が私の手から離れる。


「っ…」

「…それで、部長職の引き継ぎは終了だ(すまないな…)」


部長の言葉が重く聞こえて、目からほろりと涙が零れた。


義務の重さ、悪夢の重さ

(アヤには悪いことをしたかもな…)
(しかしこれは決定事項だ)
(…わかってるさ、コング)
(哀れだとは思うが…あの雛は、籠の中で生きるために産まれたと思うしかない)


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